照姫 (豊島氏)

照姫伝説：悲劇の姫君と、その物語の謎

照姫は、室町時代、東京都練馬区にあった石神井城を治めていた豊島泰経の娘という伝説上の女性です。 父・泰経の最期を悲しみ、三宝寺池に身を投じたという物語は、練馬区の地域に深く根付いており、毎年4月から5月には「照姫まつり」が開催され、多くの人々を魅了しています。しかし、この美しくも悲しい物語には、意外な真実が隠されている可能性があります。

豊島氏と太田道灌の戦いと、泰経の最期

豊島氏は、平安時代から武蔵国を治めていた名家でした。文明9年（1477年）、当主・豊島泰経は、江戸城城主の太田道灌との戦いに敗れ、石神井城に追い詰められました。落城の危機が迫る中、泰経は家宝である「金の乗鞍」を携え、愛馬に乗って城の崖から飛び降り、三宝寺池に身を沈めたと伝えられています。

照姫の悲劇と、姫塚の謎

泰経には照姫という美しい娘がいました。父を慕い、照姫もまた三宝寺池に身を投げたというのです。道灌は照姫の死を憐れみ、塚を築いたとされ、それが現在も残る「姫塚」です。姫塚のそばには「照日の松」と呼ばれる老松があり、その松に登ると、池の底に沈んだ金の鞍が見えるという伝説も残されています。

伝説の起源：史実と異なる点

しかし、史実によると泰経は石神井城落城時に死亡しておらず、その後も活動を続けていたことが分かっています。そのため、照姫が父の後を追って入水したという物語は、あくまで伝説であると考えられています。実際に、豊島氏の系図に照姫と一致する人物は存在しません。

姫塚についても、別の伝承があり、三宝寺六世住職・照日上人の墓という説もあります。照姫伝説がいつ頃から語り継がれるようになったのかは、はっきりとはしていません。

豊島氏の菩提寺とされる道場寺には、照姫の位牌も存在し、泰経夫妻と照姫の石塔も建立されていますが、これらの遺品の由来は必ずしも明確ではありません。

豊島氏研究の先駆者である平野実の研究によれば、現在ある姫塚と殿塚は、泰経の娘の子孫が昭和32年頃に建立したものである可能性が示唆されています。この系図は、他の豊島氏系図とは異なっている点も注目されます。

明治期の小説『照日の松』との関連性

最新の研究では、照姫伝説の起源が明治29年（1896年）に出版された小説『照日の松』（遅塚麗水著）にあるという説が有力視されています。この小説は、照日姫という女性を主人公としており、その物語が後の照姫伝説へと繋がっていったと考えられています。

小説『照日の松』の内容は、公卿の娘である照日姫が、太田道灌と出会いを果たし、やがて豊島泰経の弟の妻となるも、道灌との戦いの後に最期を迎えるという物語です。この小説が、地元の言い伝えを基に書かれたのか、それとも完全に創作されたものなのかは、まだ明らかになっていません。

しかし、明治期に出版された他の文献にも、照姫伝説と類似した話がいくつか見られることから、小説『照日の松』が、既存の伝承や史実を参考に、創作された可能性も考えられます。

葛城明彦氏の研究と、姫塚・殿塚・金の鞍伝説の起源

練馬区の郷土史研究家である葛城明彦氏の研究により、姫塚や殿塚、金の鞍伝説の起源が明らかになりつつあります。葛城氏の研究によると、姫塚は三宝寺六世住職の墓とされていたものが、小説『照日の松』の影響を受けて「照姫の墓」として解釈されるようになったとされています。

また、殿塚は武蔵野鉄道の開通と石神井駅の開設直後に造られた可能性が高く、金の鞍伝説は、複数の文献を組み合わせることで作られた可能性が示唆されています。

照姫まつりと、その意義

これらの謎めいた伝説と史実を背景に、毎年開催される「照姫まつり」は、練馬区の重要な伝統行事となっています。時代劇風の衣装を身につけた人々が石神井公園をパレードし、地域の歴史と文化を後世に伝えています。

照姫伝説は、史実と伝説が複雑に絡み合い、その起源を巡って様々な解釈がなされてきた物語です。これからも新たな研究によって、その謎が解き明かされていくことが期待されます。 この伝説が、これからも多くの人々に語り継がれていくことでしょう。

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