片手ずつと両手のための3つの大練習曲

3つの大練習曲 作品76

「片手ずつと両手のための3つの大練習曲」とも呼ばれるシャルル＝ヴァランタン・アルカン作曲の練習曲集。全3曲で構成され、それぞれの楽曲が特定の演奏技巧の習得、特に左右の手の独立と両手の連携に焦点を当てています。作品番号は最晩年を示すOp.76が付されていますが、実際の作曲時期は1838年から1840年頃と、比較的初期の作品群に属します。アルカンが円熟期に到達した晩年の作品がしばしば内省的で深遠な音楽性を持つ一方、この作品集は初期衝動ともいえる技巧への飽くなき追求が色濃く反映されており、その演奏には極めて高度な技術が要求されます。

作曲された当時は、左右それぞれの指を独立させて強化する練習法がピアノ教育で重視されていました。これは、リストやショパンといった同時代のヴィルトゥオーゾ作曲家たちが残した、演奏困難な難曲に立ち向かうために不可欠な能力とされていたためです。このような時代の潮流の中、アルカンはこの種の練習曲において、左右の片手と両手による最も効率的な形式を追求した作品を生み出しました。左右いずれかの手、そして両手による「ユニゾン」という、まさに手指の機能訓練の理想を具現化した内容は、他の追随を許さないアルカン独自の着想と言えます。

作品構成と内容

この練習曲集は、その名の通り、左手のための曲、右手のための曲、そして両手のための曲という明確なコンセプトに基づいています。以下に各曲の内容を概説します。

第1番「左手のための変イ調の幻想曲」

楽想記号はLargamente-Gravemente-Vivamente、変イ長調で書かれています。左手のみで演奏される楽曲としては異例の規模を持ち、演奏時間は9分から10分程度に及びます。この曲は、左手に高速なトレモロ、鍵盤上の大きな跳躍、そして重厚な和音連打など、多様で高度な技巧を要求します。しかし、この曲集に含まれる3曲の中では比較的演奏が容易とされており、単独で演奏される機会も少なくありません。

第2番「右手のための序奏と変奏、フィナーレ」

楽想記号はLargamente、ニ長調で書かれています。こちらも右手のみで演奏される楽曲としては非常に長く、演奏時間は14分から15分を超える場合もあります。題名には「変奏」とありますが、厳密な変奏曲形式というよりは、提示された主題が様々な形で展開・反復されていく構成をとっています。譜読みは極めて困難で、右手だけで書かれているとは思えないほどの膨大な音符が詰め込まれています。そもそもクラシック音楽において本格的な右手独奏曲のレパートリーが限られていることもあり、この曲が演奏会などで取り上げられる機会は非常に稀です。また、楽譜には多くの反復記号が含まれていますが、演奏時間短縮のためにこれらの反復が省略されることも少なくありません。

第3番「両手のためのユニゾン」

楽想記号はPresto、ハ短調で書かれています。曲の最初から最後まで、左手と右手が全く同じ音符を同時に演奏する、文字通りの「ユニゾン」で進行します。この曲集の中で最もよく知られており、単独で演奏される機会も比較的多くあります。両手が同じ動きをするため、他の2曲に比べれば譜読みの難易度は低いと言えます。しかし、極端に速いテンポ設定と、両手が寸分たがわず正確に、かつ力強くユニゾンを保ちながら演奏し続けることは至難の業であり、高度なテクニックに加え、長時間の集中力と体力も必要とされます。

演奏と評価

この作品集の録音としては、ピアニスト、マーク＝アンドレ・アムランによる演奏が広く知られています。全曲を録音しているピアニストとしては、他にローラン・マルタンやロナルド・スミスなどが挙げられます。

アルカンの数ある作品の中でも比較的名が知られていますが、コンサートや録音で取り上げられる機会はまだ多くありません。しかし、その極めて高度な技術的要求と、それを乗り越えた先に現れる音楽的な魅力は計り知れません。ピアノ演奏技巧の発展史において、そしてアルカンという特異な作曲家の創作活動を理解する上で、この「3つの大練習曲」は重要な位置を占めており、今後さらに再評価される可能性を秘めています。

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