特高課長講演問題

特高課長講演問題：大政翼賛会発足時の地方における葛藤

特高課長講演問題とは、1940年に千葉県で発生した、大政翼賛会の結成をめぐる政争です。この問題は、中央で大政翼賛会結成を推進する新体制運動と、地方政治の中核であった県庁および県議会との間にあった意識の隔たりを明確にしました。また、この事件は、後に大政翼賛会が行政補助機関化する上で重要な契機となりました。

大政翼賛会結成と千葉県の対応

大政翼賛会の結成に伴い、全国各地で既存の政党が解散を余儀なくされました。千葉県も例外ではなく、自由民権運動を源流とする政治結社であった夷隅郡の以文会も解散しました。当時、右翼（主に革新系）は、青年団や警察の一部と連携し、戦時体制の強化を目指して新体制運動を推進していました。しかし、大政翼賛会の支部を構成する常務委員の人選は、事実上、県知事に一任されていました。当時の千葉県知事であった立田清辰は、右翼の介入によって県主導で進めてきた戦時体制確立が妨げられることを懸念し、伊藤博愛県議会議長や警察官僚出身の飯田謙次郎・野田町長など信頼できる少数の政治家や県幹部との協議の上、支部役員を「名士」層から選出し、右翼や青年団代表を排除しました。

一方、県議会では、伊藤議長を中心に全県議が参加する議員団が結成されました。若手県議たちは、既存政党が解散した以上、年功序列や当選回数中心主義を廃止すべきだと主張しましたが、議員団幹部はこれを拒否しました。

県議団と新体制運動の対立

大政翼賛会が結成された直後の県議会で、新体制運動に傾倒していた特高課長が、青年団向けの講演会で「新体制には旧体制の者は不要だ。年寄りは退くべきだ」と発言したことが問題視されました。県議たちは、この発言が既存の政治家の排除を意図したものだと捉え、騒然となりました。さらに、特高課長が別の講演会で、既存の政治家の逮捕も必要であるという趣旨の発言をしたことも明らかになりました。県側は、課長の発言は「個人的なもの」として問題視しませんでしたが、県議会は混乱しました。

しかし、県議団は、大政翼賛会結成直後の混乱を避けるため、県の見解を受け入れました。これに対し、右翼や青年団は、特高課長の言動を支持し、旧体制の政治家や県幹部を非難する動きを強めました。県議団内部でも、幹部に不満を持つ若手県議が、右翼や青年団の動きに同調する動きを見せました。

このような状況下、県議会は新体制への協力を表明するとともに、右翼や青年団の行動を非難する決議を採択しました。立田知事は、課長を庇いつつも、県議会を重要視し、右翼や青年団の活動を「世論を混乱させる行為」として取り締まることを宣言しました。

県庁と翼賛会支部の一体化

1941年に入ると、立田知事は、県庁と翼賛会支部が一体となって新体制を推進するという考えを公言しました。当時、中央では、翼賛会を「政事結社」とするか「公事結社」とするかで意見が分かれていましたが、立田知事は、革新派を排除し、県庁と政財官の各層を中心とした「公事結社」化を推進しました。県庁内に翼賛会との連絡を担当する部署を設置し、行政主導の連絡会議で県庁の方針を徹底させました。これにより、既存の権力組織は安定し、知事への支持が集まり、県庁と翼賛会支部の一体化が進みました。

中央では、近衛文麿首相が翼賛会を「公事結社」とする見解を示し、組織改正で支部長を知事の兼務とすることが正式に決定されました。これは、大政翼賛会と新体制運動による権限剥奪を恐れていた内務省と地方の知事・議会を安心させました。しかし、千葉県では立田知事が事実上の翼賛会支部長であり、結果的に中央や他県が立田の方針を追随することになったのです。

参考文献

* 下西陽子「戦前の県政界と大政翼賛会 : 千葉県支部の創設」『千葉県近現代の政治と社会』千葉歴史学会編、岩田書院〈千葉史学叢書〉4、1997年、ISBN 4900697818。

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