狐火

狐火（きつねび）

「狐火」は、日本各地に古くから伝わる謎めいた怪火です。ヒトボス、火点し（ひともし）、燐火（りんか）といった別名でも知られ、各地の folklore や奇談にその姿が描かれてきました。

郷土研究家の更科公護は、狐火の特徴としていくつかの点を挙げています。この火は、火の気がない場所に突如として現れ、まるで提灯や松明が連なっているかのように一列になって見えることが多いといわれます。現れては消え、一度消えたかと思えば離れた場所に出没するなど、変幻自在な動きを見せます。その正体を探ろうと近づくと、たちまち掻き消えてしまうのが常でした。出現しやすいのは春から秋にかけて、特に蒸し暑い夏や天候が変わりそうな曇りの日とされています。火の色は青みを帯びているともいわれています。

狐火が現れる場所や、それを見た際の出来事に関する伝承は地域によって様々です。富山県砺波市では人の気配のない山中に出現するとされますが、石川県輪島市（旧門前町）には人を追いかける伝承も残ります。狐が人を化かすように、狐火も人々を惑わせると信じられていました。長野県飯田市には、惑わす狐火を足で蹴ると退散させられるという俗信があったそうです。また、島根県（旧出雲国）では、狐火に触れると高熱を発した話があり、行逢神（たたりをなす神霊）のようなものとして恐れられた説も存在します。対照的に、長野県の伝説では、白い狐が狐火で夜道を導き、城にふさわしい場所へ案内したという吉兆として描かれる話もあります。山形県や秋田県では「狐松明（きつねたいまつ）」と呼ばれ、良いことの前触れと捉えられます。一般的に狐火の出没時期は冬とされることが多いですが、夏や秋の例も伝えられています。鬼火と混同されることもありますが、通常は区別されます。

特定の場所と結びついた有名な狐火の話もあります。東京都北区にある王子稲荷神社は、稲荷神の総元締であり、古くから狐火の名所でした。かつて広大な田園地帯だった頃、大晦日の夜に関東各地から多くの狐が集まり、この地の大きな榎のもとで正装し、王子稲荷へ参拝に向かったと伝わります。この際の狐火の行列は壮観で、農民たちはその火の数で翌年の豊凶を占ったといいます。

夜間の怪火が連なって見える現象は「狐の嫁入り」とも呼ばれます。宝暦時代の越後国（新潟県）の地誌には、約4キロメートルにわたる怪火の列を「狐の婚」と呼んだ記述があり、各地で同様の現象が婚礼行列に見立てられました。

他にも、岡山県や鳥取県に伝わる「宙狐（ちゅうこ）」という怪火もあります。これは比較的低空を漂うのが特徴で、老いた狐が化けるともいわれます。雨の夜に現れ、地面に落ちて消えるといった話も残されています。妖怪研究家の井上円了は、低く飛ぶ怪火を「中狐」と分類しました。

古来、この謎めいた怪火の正体について様々な説が唱えられてきました。狐の吐息や、尾を打ち合わせることで火を起こす、狐が持つ不思議な玉「狐火玉」が光る、といった俗説です。『諸国里人談』には、漁師が網で狐火を捕まえ、かかった狐火玉を照明として使った逸話が記されています。

科学的な解釈も試みられています。英語のfoxfireは「朽ちた木の火（菌類の発光）」を意味し、これが日本語の狐火に直訳されたとの説があります。『本朝食鑑』の記述とも関連付けられます。また、狐が人骨や馬骨で光を作るとの伝承から、骨に含まれるリンが発光するという説（リン光説）も唱えられました。リンの自然発火も根拠とされました。

しかし、伝承上の狐火が遠距離から見えることを考えると、菌類やリンの弱い光だけでは説明困難です。1977年には、光の異常屈折が狐火の大部分を説明できるとする研究が発表されました。他にも天然石油の発火や球電現象説などがありますが、いまだ正体不明な部分が多いのが現状です。

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