猫が行方不明

1996年に製作されたフランス映画『猫が行方不明』（原題：Chacun cherche son chat）は、気鋭のセドリック・クラピッシュ監督が手がけたロマンティック・コメディです。

物語は、パリの賑やかな11区に暮らす若いメイクアップ・アーティスト、クロエを中心に展開します。一人暮らしではないものの、自身の世界で静かに暮らしていた彼女にとって、愛する猫はかけがえのない存在でした。しかしある日、引っ越しを控えたクロエが信頼できる近所の老婦人に猫を預けたことから、思わぬ事態が発生します。

大切にしていた猫が、老婦人の家から逃げ出してしまったのです。茫然自失となるクロエ。猫の行方を捜すため、彼女は住み慣れたアパルトマンの中庭や周辺の通りを駆け回り始めます。この「猫探し」という出来事が、それまで顔見知り程度だった、あるいは全く知らなかった近隣住民たちとの間に予期せぬ交流を生み出すきっかけとなります。

クロエの猫探しに積極的に協力するのは、この地区で暮らすジャメルという男性です。彼は顔が広く、様々な情報を持っています。ジャメルを介して、あるいは自らの足で探し回る中で、クロエはアパルトマンや通りに面した様々な人々と出会います。彼女の同居人であるミシェルとその新しいパートナー、ミシェルに猫を預かるよう頼まれたものの逃がしてしまった老婦人マダム・ルネ、近所でドラムを練習する騒々しい青年、隣に住むどこか風変わりな画家、ジャメルの友人たちなど、一人ひとりが異なる生活や背景を持っています。

当初は猫を見つけることだけが目的だったクロエですが、捜索が進むにつれて、彼女は自分が暮らす街の知らなかった側面や、そこに生きる人々の温かさ、時には面倒くささ、そしてそれぞれの抱える日常に触れていきます。アパルトマンの中庭や界隈のカフェ、商店が、多様な人々が交錯する小さな世界のよう描かれ、猫探しはまるでこのコミュニティを巡る旅のようになります。

本作は単に「失われた猫を探す」というミステリーやアドベンチャーではありません。猫を失った主人公の個人的な出来事が、都会の一角に存在する小さなコミュニティを浮き彫りにし、そこに暮らす人々の繋がりや孤独、助け合いの精神を描き出しています。セドリック・クラピッシュ監督らしい、等身大の若者たちの姿や、パリという都市の息遣い、そしてそこに暮らす人々の人間模様を丁寧に捉えた作品と言えます。

ロマンティック・コメディというジャンルに分類されますが、恋愛要素は主軸ではなく、むしろ人情喜劇や群像劇としての側面が強い作品です。猫を探すというシンプルなプロットを通じて、クロエが自分を取り巻く世界を再発見し、新たな人間関係を築いていく姿が、温かくユーモラスに描かれています。見る者は、まるでパリの片隅を散策しているかのような気分になり、そこに暮らす人々の生活を垣間見る楽しさを感じられるでしょう。行方不明になった猫がどうなるか、という結末だけでなく、猫探しという過程で生まれた人々の温かい交流こそが、この映画の真髄と言えます。

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