猿蟹合戦 (芥川龍之介)

猿蟹合戦：知られざる後日談と芥川龍之介の風刺

芥川龍之介の掌編小説『猿蟹合戦』は、日本の古典民話「猿蟹合戦」を大胆にアレンジした作品です。誰もが知るお伽話とは異なり、見事な仇討ちを果たしたかに思われた蟹とその仲間たちが、その後、法の裁きを受けるという衝撃的な後日談が描かれています。

物語のあらすじ：正義の彼方に

民話では語られない物語は、蟹たちが猿への復讐を果たした直後から始まります。彼らは猿を殺害し、祝杯をあげる間もなく、警察に逮捕されます。裁判では、蟹が主犯として死刑を宣告され、仲間たちは無期懲役となります。

この判決は、世間の厳しい批判を浴びます。新聞や雑誌、学識者、宗教界など、あらゆる方面から蟹たちへの非難が殺到します。死刑は予定通り執行され、蟹の家族は悲惨な運命をたどります。妻は売春婦となり、長男は株屋で働き、次男は小説家になるなど、それぞれの道で生き抜こうとしますが、その影には、猿との因縁がつきまといます。三男は、蟹の過去を引きずり、どん底の生活を送ります。

物語の最後に、語り手は「もしも猿と戦ったら蟹は天下に殺されることは事実だ」と語り、皮肉たっぷりに「君たちもたいてい蟹なんですよ」と読者に投げかけます。この結末は、読者に深い余韻と、社会への鋭い問いかけを残します。

芥川龍之介の意図：社会への風刺

この作品は、単なる民話のパロディではありません。芥川龍之介は、蟹たちの復讐劇を通して、当時の社会情勢や人間の弱点を痛烈に風刺しています。正義と悪の単純な二元論を超え、復讐の連鎖、弱肉強食の世界、そして人間の残酷さを描き出しています。

蟹たちは、最初は民衆の共感を呼ぶ正義のヒーローとして描かれていますが、物語が進むにつれ、彼らの行為が法や社会規範に反するものであることが明らかになります。これは、正義と悪の境界の曖昧さを示唆し、絶対的な正義など存在しないというメッセージを読み取ることができます。

また、蟹の家族のその後を描写することで、復讐の連鎖がいかに悲劇的な結果を生むかを示唆しています。復讐によって得られるものは何もなく、むしろ更なる不幸を招くだけであるという現実を突きつけています。

最後に、語り手の「君たちもたいてい蟹なんですよ」という言葉は、読者自身にも問いかけています。私たちは、蟹たちを非難する立場にいますが、自分自身もまた、社会の矛盾や不正義に無関心であったり、加担している部分があるのではないかと自省を促しているのです。

出版情報

『猿蟹合戦』は1923年（大正12年）に『婦人公論』3月号に発表されました。その後、多くの全集や単行本に収録され、現在でも広く読まれています。代表的な収録書籍には以下のものがあります。

『芥川龍之介全集 5』（筑摩書房）
『蜘蛛の糸・杜子春・トロッコ』（岩波書店）
『蜘蛛の糸 杜子春』（教育出版）
『林修の「今読みたい」日本文学講座』（宝島社）

これらの書籍から、『猿蟹合戦』を手に取り、芥川龍之介の世界観に触れてみてください。

まとめ

『猿蟹合戦』は、一見単純な民話のパロディに見えますが、その奥深くには、社会への鋭い風刺と、人間の業が凝縮されています。正義とは何か、復讐とは何か、そして人間とは何かを問いかける、現代においても色褪せない傑作です。

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