玄鶴山房

芥川龍之介『玄鶴山房』：生と死、そして人間関係の闇

1927年（昭和2年）、芥川龍之介によって執筆された『玄鶴山房』は、彼の晩年の暗く重苦しい心情を反映した小説として知られています。総合雑誌『中央公論』に発表された本作は、全5章からなり、発表時期が前後するなど、作品成立過程にも独特の事情が見られます。

芥川は本作執筆当時、既に自殺を意識しており、吉本隆明は『玄鶴山房』を、芥川の「人生は地獄より地獄的である」という「娑婆苦」の概念を最も端的に表現した作品と評しています。当初は『中央公論』1月号で全章掲載予定でしたが、執筆の遅れから、2月号への分割発表となりました。その背景には、姉の夫の鉄道自殺という衝撃的な事件や、それに伴う経済的な困窮、そして自身の病など、芥川を苦しめた数々の出来事が複雑に絡み合っています。

『玄鶴山房』は、肺結核で病床に伏す主人公・玄鶴とその家族、そして看護婦甲野らの人間関係を軸に物語が展開します。しかし、この物語は単なる家族の悲劇ではありません。登場人物たちの心の闇、歪んだ感情、そして生と死への恐怖が、繊細かつ重厚な筆致で描かれています。

玄鶴を取り巻く家族は、それぞれに複雑な問題を抱えています。娘婿の重吉は銀行員として堅実な生活を送っていますが、どこか冷淡な性格です。娘のお鈴は、父親の愛人であるお芳から遺産を守ることに執着します。そして、7、8年前から寝たきりの妻であるお鳥は、お芳への嫉妬から、家族に辛く当たります。

看護婦の甲野は、特に興味深い人物です。彼女は他人の不幸を喜びとする、一種の異常な性質を持っています。玄鶴一家を取り巻く悲劇を傍観するだけでなく、ある種の悪意を持ってその悲劇を煽るような描写は、物語に陰惨な雰囲気を醸し出しています。

玄鶴自身は、病に臥せりながら、家族間の争いや不幸をただ静かに見つめるしかありません。その無力感、そして死への恐怖が、第5章を中心に、力強く、そして痛切に描かれています。

『玄鶴山房』は、単なる物語として読むだけでなく、芥川龍之介自身の苦悩や死生観を深く理解するための重要な作品と言えます。登場人物たちの心の葛藤、陰鬱な雰囲気、そして生々しい心理描写は、読者に強い衝撃を与え、忘れがたい印象を残します。この小説は、芥川文学の中でも特に重厚で、暗いトーンを帯びた作品であり、彼の内面世界を深く探求したい読者にとって、必読の書と言えるでしょう。

物語の舞台となる「玄鶴山房」は、その名の通り、陰鬱で閉塞的な雰囲気に満ちています。そこでは、家族間の不和や葛藤が暗く澱んでおり、まるで生きた屍のような家族の姿が浮かび上がってきます。その様子は、芥川自身の閉塞感や死への恐怖を反映しているように思われ、読者に強い圧迫感を与えます。

『玄鶴山房』は、芥川龍之介の代表作の一つであり、彼の文学的才能と、晩年の内面世界を深く理解する上で重要な作品となっています。彼の苦悩と葛藤、そして生と死への深い洞察は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれるでしょう。

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