現実界・象徴界・想像界

現実界・象徴界・想像界

現実界・象徴界・想像界（仏: le Réel, le symbolique, l'imaginaire）とは、精神分析家ジャック・ラカンが提唱した、人間の世界認識を構成する3つの領域のことです。これらの概念は、ラカンの理論の中核をなし、人間の心理構造や社会との関わりを理解する上で重要な役割を果たします。1974年から1975年にかけてのセミネール「R.S.I.」に詳述され、シェーマRSI（schéma RSI）と概括され、RSIと略称されます。

現実界

現実界は、言語や象徴によって捉えられない、根源的な現実の領域です。それは、カントの言う「掴み得ぬ空虚な対象」のように、人間の認識を超えた、空虚で無根拠なものです。トラウマ体験や、言葉では表現できない感情などが、現実界の例として挙げられます。現実界は、象徴界や想像界とは異なり、直接的に触れることのできない、常に欠如を抱えた領域です。フロイトの言う心的現実とは異なる概念なので注意が必要です。

ラカンは、現実とは言語で語り得ないものであると同時に、人間は言語によってしか現実を語ることができないという逆説的なテーゼを提示します。例えば、大事件に遭遇した人々は、その事件を言語によって描写しようと試みますが、事件の全容を完全に語り尽くすことは不可能です。言語は現実を断片的にしか捉えられず、現実そのものを表現することはできません。しかし、人間は言語を通してでしか現実を認識できないという矛盾を抱えています。ラカンは、この現実界の性質をメビウスの輪のような立体的な論理として紹介しています。

言語との出会いは、現実を「不可能なもの」に変えます。人は現実に触れることへの抵抗と憧れの間で揺れ動きますが、狂気や死の瞬間に現実を垣間見ることがあるとラカンは述べています。

象徴界

象徴界は、言語や記号によって構成される世界の領域です。言語、法律、社会的な規範など、人間関係を規定するシステムが象徴界に属します。ラカンは大文字の他者という概念を用いて、自己と他者をつなぐ共通の第三者としての言語を説明しました。象徴界への参入は、人間が社会的な存在となるために不可欠なプロセスです。

人は、母親との分離を通して、欠如を認識し、言語を獲得します。乳児は、乳房が口から離れることで、欠如を体験し、「マー」などの叫びを発するようになります。これは言語活動の始まりであり、象徴界への参入を意味します。言語は、欲求や訴えを他者に伝えるための手段であり、社会的なコミュニケーションを可能にします。

社会は、掟や契約によって成り立っており、これらの掟は言語によって表現されます。象徴的な父は、掟を与える存在として象徴界を代表します。社会に参入するためには、社会の言語を習得し、掟に従わなければなりません。この過程は、欲求の抑圧を伴い、象徴界が掟、父、言語として機能することを示しています。

想像界

想像界は、イメージや表象によって構成される世界の領域です。「日常」「平和」「不幸」など、漠然としたイメージや、自己の身体イメージなどが想像界に属します。想像界は、幼児が最初に発達させる領域であり、自己と他者を区別する以前の、鏡像段階と深く関わっています。

幼児は、母親の不在によって欲求不満を体験し、母親のイメージを想像することでそれを満たそうとします。想像界は、無意識的な願望が満たされる場であり、現実界のトラウマや不満足な欲動がイメージとして投影されます。しかし、幼児は徐々に、想像と現実の違いを認識し、象徴界へと移行していきます。鏡像段階では、幼児は鏡に映る自己のイメージを自己同一化し、自己意識を形成します。この過程は、想像界が自己認識の形成に重要な役割を果たすことを示しています。

まとめ

現実界・象徴界・想像界は、互いに絡み合い、人間の世界認識を構成しています。現実界は言語化できない根源的な現実であり、象徴界は言語や記号によって構成される社会的な現実であり、想像界はイメージや表象によって構成される個人的な現実です。ラカンの理論は、これらの概念を通して、人間の心理構造や社会との関わりを深く理解するための枠組みを提供します。

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