生けるパスカル (松本清張)

『生けるパスカル』

松本清張が1971年に発表した小説『生けるパスカル』は、画家の矢沢辰生の心の葛藤と、その妻鈴恵が抱える精神的な問題を描いた作品です。この小説は、『週刊朝日』で連載された後、同年9月に光文社から中編集に収録されて刊行されました。

あらすじ

物語は、矢沢辰生という画家が、美術雑誌記者の森禎治郎からルイジ・ピランデルロの小説「死せるパスカル」について聞くことから始まります。彼はピランデルロの生活から多くのものを感じ取り、特に彼が抱えた妻の精神的な問題に共感を覚えます。矢沢もまた、妻の鈴恵と複雑な感情を抱えながら日々を過ごしていました。

矢沢と鈴恵は恋愛結婚をしたものの、矢沢は以前から鈴恵の友人である道子との交際を続けていました。この関係が鈴恵に知られたことが嫉妬の引き金となり、更に彼が瀬戸内海の都市で出会った岩沢明美との関係が明るみに出ると、鈴恵の激しい怒りが爆発します。これが原因で矢沢は暴力沙汰に巻き込まれ、鈴恵は自殺未遂を起こすという事態に至ります。

矢沢はフロイトの翻訳書を読み、妻の状態がヒステリーに似ていることを確信するのです。そんな中で、彼の心は次第に美術に詳しいレストラン経営者羽田志津子に惹かれていきます。鈴恵がその関係を察知すると、彼女は矢沢と無理心中を試みるなど、ますます狂気が増していきます。

逃げ道を模索する矢沢は、自身の運命を変えるための犯行計画を立て始めます。このように、作品を通じて描かれるのは愛の迷宮と、人間の心の弱さ、そして精神的な苦悩です。

評価と背景

文芸評論家の荒正人は本作を「近来の傑作」と称賛しており、他にも「E・A・ポーが現代に生きていたら、こういう作品をまとめたかもしれぬ」とのコメントを寄せています。また、進藤純孝はこの作品が男とその手こずった妻とのかかわりを巧みに表現しており、読者はその繊細な心理描写に引き込まれると述べています。

主人公の画家が直面する困難は、ただの個人的なものではなく、結婚という制度そのものへの問いかけとしても受け取れます。「結婚は偶然である」という洞察や、「一生を共にする必然性」がもたらす苦悩は、現代人の感情にも通じるものがあります。

まとめ

松本清張の『生けるパスカル』は、愛と狂気、絆の複雑さを描いた深い心理サスペンスです。矢沢の選択は、彼自身の命運をも左右し、読者を魅了することでしょう。作品を通じて、私たちは人間関係の葛藤や心の機微に触れ、自らの経験と重ね合わせながら読み進めることができます。

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