田中文男

田中文男：伝統建築を現代に繋いだ「学者棟梁」

田中文男（1932年1月10日 - 2010年8月9日）は、昭和から平成にかけて活躍した大工棟梁であり、古民家や社寺建築の保存修復に情熱を注いだ研究者でもありました。単なる職人ではなく、その深い知識と探究心から「学者棟梁」とも称され、多くの人々に愛されました。

生涯

茨城県に生まれた田中は、尋常小学校卒業後、大工の棟梁に弟子入りし、技術を磨きました。その後、文化財の修理に携わる中で、建築への学術的な興味を抱き、早稲田大学工業高等学校建築科で学びました。この経験が、彼を単なる職人から研究者へと変貌させるきっかけとなりました。農村建築研究会に協力し、民家調査に積極的に参加したことも、彼の研究者としての基盤を形成しました。

研究活動と業績

田中は、奈良県今井町や秋山郷など、各地の民家調査に携わり、日本の伝統的な建築様式を深く理解しました。また、滋賀県湖北地方の民家調査にも参加し、その知見を広げました。これらの調査経験は、後の文化財修理に活かされることになります。

1971年には、野田市から寄贈された旧花野井家住宅の解体移築修理工事を施工し、その技術力を示しました。また、普請帳研究会を発足させ、社寺建築や民家の修理工事を通して調査研究を進め、機関誌『普請研究』を10年にわたり発行しました。これらの活動は、日本の伝統建築の保存と継承に大きく貢献しています。

田中の主な業績としては、以下のようなものが挙げられます。

奈良県橿原市今井町町家調査（1957年）
秋山郷民家調査（1957-58年）
滋賀県湖北地方の民家調査（1958年）
旧花野井家住宅の解体移築修理工事（1971年）
桂離宮使用材料調査技術指導（1975年）
旧四関家住宅解体調査（1996年）
旧堀田家住宅修理工事
佐賀県・吉野ケ里遺跡の北内郭の復元
国の重要文化財「泉福寺薬師堂」（千葉県）

これらの業績は、田中の卓越した技術力と、歴史的建造物に対する深い愛情を示すものです。

棟梁としての活躍

田中は、棟梁としても多くの実績を残しました。1957年から建築の請負を開始し、1958年には田中工務店を、1962年には株式会社眞木建設を設立しました。1969年には一級建築士の資格を取得し、その実力を証明しました。伝統建築の修理だけでなく、現代的な木造建築にも取り組み、鉄筋コンクリート造りの施工も請け負いましたが、その中心はあくまでも木造建築でした。

1960年には、VANヂャケットの石津謙介の依頼で、銀座帝人メンズショップの店舗を改装施工しました。1966年には、石津謙介の依頼で富士山麓の別荘「もうびぃでぃっく」を設計。1971年には校倉工法による木造別荘を開発し、翌年の暮しの手帖で取り上げられました。1984年には、藤本昌也と組んで、晴海で開催されたグッドリビングショーに「民家型構法による国産材モデルハウス」を出展し、1986年には筑波町立第一小学校で木造での体育館施工を技術指導しました。

社会活動と晩年

1991年に株式会社眞木建設の社長を退き、有限会社眞木を設立。1995年には、財団法人国際技能工芸振興財団設立発起人となりました。1996年には、「ベトナム・フエミンマン帝陵右従祠修復事業」で現地指導にあたるなど、国際的な活動も展開しました。また、富山国際職藝学院でオーバーマイスターとして後進指導にもあたりました。

田中は、森林塾にも発足時から参加し、環境問題にも関心を示しました。2010年8月、肺がんのため78歳で亡くなりました。

主要著書

田中は、多くの著作を通じて、自身の知識と経験を後世に伝えました。主な著書としては、以下のようなものがあります。

『普請研究』（普請帳研究会機関紙、1982-1992年、全40冊）
『東関東の近世民家架構の変遷』（2008年）
『関東の住まい 日本列島民家の旅8関東』(1996年)
『秋山郷の民家 長野県民俗資料調査報告』(1962年)

これらの著作は、日本の建築文化を研究する上で貴重な資料となっています。

参考文献

『現代棟梁・田中文男』（INAX出版、1998年）
* 月刊誌「住宅建築」300号発刊記念 特集「田中文男の“いま”」（2000年3月）

まとめ

田中文男は、大工棟梁として、また建築研究者として、日本の伝統建築の保存と継承に多大な貢献をしました。その情熱と知識は、後世に受け継がれていくべき貴重な遺産と言えるでしょう。彼の業績は、日本の建築文化の発展に大きく寄与しており、その名は長く記憶されることでしょう。

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