田代安定

田代安定：忘れられた南西諸島の探求者

田代安定（たしろ あんてい / やすさだ、1857年9月21日 - 1928年3月15日）は、明治時代に活躍した植物学者、民族学者、そして冒険家です。彼は、当時ほとんど情報がなかった八重山諸島を含む南西諸島で、動植物の調査や旧慣調査を行い、植物学や民俗学の発展に大きく貢献しました。しかし、その業績は長い間顧みられることが少なく、「忘却され無視されている」、「忘れられた日本人」などと評されてきました。

生涯

田代安定は、薩摩国鹿児島城下加治屋町（現在の鹿児島県鹿児島市加治屋町）に生まれました。幼少期から学問に励み、フランス語学者の柴田圭三に師事し、フランス語などを学びました。その後、造士館で助教を務め、1874年に上京して田中芳男に植物学を学びました。

内務省博物局に赴任後は、日本初の動植物目録の作成に携わり、特に南西諸島の調査に力を注ぎました。沖縄や種子島、八重山諸島など、各地を精力的に調査しました。1884年には、ロシアのサンクトペテルブルクで開催された園芸博覧会の事務官として派遣され、現地の植物学者マキシモヴィッチと親交を深めました。マキシモヴィッチは田代の才能を高く評価し、ロシア科学アカデミーの会員に推薦しました。

帰国前、フランスが宮古諸島の領有権を主張していることを知った田代は、政府に建議書を提出。1885年から八重山諸島の調査を行い、その慣習、風土病、動植物に関する広範な知見を収集しました。これらの調査資料を基に「八重山群島急務意見書」を政府に提出し、同諸島の開発と領有権の宣言を訴えましたが、政府は彼の訴えを受け入れませんでした。

八重山諸島の開発提案が受け入れられなかったため、田代は農商務省を辞職。その後は東京帝国大学の嘱託として、再び南西諸島の調査に従事しました。1895年からは台湾総督府民政局に赴任し、台湾の植物研究にも貢献しました。

1928年、田代安定は生涯を閉じました。没後、彼の研究をまとめた『沖縄結縄考』が刊行され、その功績が再評価されるようになりました。

業績

田代安定の業績は多岐にわたりますが、特に以下の点が重要です。

南西諸島の動植物調査: 当時ほとんど知られていなかった南西諸島の動植物相を詳細に調査し、多くの新種を発見しました。宮古島の調査中にミヤコショウビンを捕獲し、その標本は現存する唯一の標本となっています。
南西諸島の民俗調査: 八重山諸島などの旧慣調査を行い、その地域の文化や風習を記録しました。これらの資料は、後の民俗学研究に貴重な情報源となりました。
藁算の研究: 沖縄の結縄文字である藁算について初めて研究を行い、その起源や意味を解明しました。
台湾の植物研究: 台湾総督府に勤務し、台湾の植物に関する研究にも貢献しました。

評価

田代安定の業績は、生前には十分に評価されませんでしたが、近年、その重要性が再認識されています。彼の残した資料は、植物学、民俗学、歴史学など、様々な分野の研究に活用されており、南西諸島の研究における先駆者として、その名が刻まれています。

サトイモ科のタシロテンナンショウ（別名ツクシヒトツバテンナンショウ）「Arisaema tashiroi」およびツツジ科のサクラツツジ「Rhododendron tashiroi」の学名は田代への献名です。

著書

『薩南諸島の風俗余事に就て』（1890年、白塔社）
『台湾街庄植樹要鑑』（1900年、台湾総督府民政部）
『日本苧麻興業意見』（1917年、国光印刷）
『沖縄結縄考』（1945年、養徳社） - 校訂：長谷部言人

関連書籍

永山規矩雄『田代安定翁』（1930年、故田代安定翁功績表彰記念碑建設発起人）
松崎直枝「隠れたる植物学者　田代安定翁を語る」『伝記』第1巻第1号（1934年、南光社）
三木健「田代安定」『伝統と現代　特集　日本フォークロアの先駆者』第5号第1巻（1974年、伝統と現代社）
野口武徳「田代安定」『南島研究の歳月　沖縄と民俗学との出会い』（1980年、東海大学出版会）
柳本通彦『明治の冒険科学者たち―新天地・台湾にかけた夢―』（2005年、新潮新書）
大浜郁子「田代安定にみる恒春と八重山―「牡丹社事件」と熱帯植物殖育場設置の関連を中心に―」（2013年、『民族學界』、台湾）

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