田部武雄

田部武雄：天才野球人の波乱に満ちた生涯

田部武雄。1906年、広島市に生まれたこの男は、日本のプロ野球史に燦然と輝く、伝説的な選手の一人です。内野手、外野手、そして投手と、あらゆるポジションをこなすマルチな才能を持ち、東京巨人軍創成期にはチームの中心選手として活躍しました。中でも彼の俊足は際立っており、1935年のアメリカ遠征では105試合で110盗塁という驚異的な記録を残し、アメリカ人を驚かせました。

複雑な生い立ちと満州での活躍

8人兄弟の5番目として生まれた田部は、幼くして父を亡くし、複雑な家庭環境の中で育ちました。兄の影響で野球を始め、少年時代は旭ボーイズに所属していました。広陵中学に入学するも1年で退学。その後、満州に渡り、サラリーマンをしながら大連実業で野球を続けました。大連実業は六大学出身の花形選手が多く集まる強豪チームであり、田部はレギュラーポジションを獲得。当時、大連実業と満洲倶楽部との試合は「大連の早慶戦」と呼ばれるほど注目を集めていました。

大連実業時代、田部は内地を転戦するなど、活躍の場を広げました。1927年には明治大学への進学を勧められ帰国、広陵中学に復学し、21歳で春の選抜大会に出場しました。広陵は当時最強チームと言われており、田部はエースとして決勝まで勝ち進みましたが、惜しくも敗れました。この大会での活躍は、後に彼の野球人生に大きな影響を与えます。

明治大学時代とプロ野球への道

1928年、田部は明治大学に進学。入学を巡っては様々な憶測が飛び交い、批判の的にもなりましたが、彼の卓越した才能はすぐに認められました。二塁手、遊撃手として活躍する一方、捕手を除く全てのポジション、さらには投手としてまで試合に出場しました。ボークすれすれの新しい投球フォームを編み出し、後輩の八十川胖もそれを真似たことが、後に「八十川ボーク事件」へとつながることになります。

明治大学在学中は、俊足と強肩を活かした外野手としても活躍しました。後楽園スタジアムの社長を務めた保坂誠は、田部の華麗なバックホームを今でも忘れることができないと語っています。大学時代には、日本代表として米大リーグ選抜チームと対戦する機会にも恵まれました。

1932年、明治大学卒業後、藤倉電線に入社。その後、関係者の勧誘を受け、1934年に大日本東京野球倶楽部（後の東京巨人軍）に入団。結成時の背番号は3で、後に1もつけました。初代主将の退団に伴い、2代目主将に就任。東京六大学出身の選手が多くいる中で、田部は、その華麗なプレーと人望でチームを牽引しました。

巨人軍時代、田部は1935年のアメリカ遠征で110盗塁を記録し、アメリカでもその名を轟かせました。「タビー」の愛称で親しまれ、本場アメリカ野球相手にホームスチールを成功させるなど、数々の伝説を残しています。しかし、選手を代表して球団上層部と対立。これが原因で巨人軍を退団することになります。

大連と沖縄での最期

巨人軍退団後、田部は再び満州・大連に戻り、トラック運送業を営みます。大連実業に復帰し、実業野球を楽しみました。1940年、1942年には都市対抗野球大会に出場し、観客を沸かせました。しかし、1944年に現地召集を受け、沖縄で戦死しました。正確な没日は不明ですが、地上戦最中の1945年6月、摩文仁海岸で戦死したと伝えられています。

田部武雄は、その華麗なプレーだけでなく、複雑な生い立ちや、プロ野球界への貢献、そして悲劇的な最期など、数々のドラマチックなエピソードを持つ、まさに伝説的な野球選手でした。彼の名は、野球殿堂入りを果たし、今もなお語り継がれています。1969年には野球殿堂入りを果たしており、東京ドーム敷地内にある鎮魂の碑にも彼の名前が刻まれています。

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