白痴 (坂口安吾)

坂口安吾『白痴』解説

『白痴』は、坂口安吾が戦後の混乱期に発表した短編小説であり、彼の代表作の一つとして知られています。随筆『堕落論』と共に、戦後の文学界に大きな衝撃を与え、安吾を新時代の旗手として確立しました。

作品の背景

物語の舞台は、敗戦間近の東京、蒲田の場末です。主人公は映画会社に勤める伊沢という男。彼は、周囲の空虚な言動や、真実味のない表現に嫌悪感を抱きながらも、生活のために会社に留まっています。そんなある日、隣に住む白痴の女との奇妙な出会いを果たします。

あらすじ

伊沢は、隣家の白痴の女が夜中に押入れに隠れているのを見つけます。言葉が通じないながらも、女の純粋さに触れた伊沢は、彼女を家に泊めることに。しかし、女は伊沢の愛情を確かめようとする一方、空襲の際には醜悪な姿を晒します。伊沢は、そんな女に複雑な感情を抱きながらも、共に空襲から逃れようとします。

焼け野原の中、伊沢は「死ぬ時は、こうして、二人いっしょだよ。怖れるな。そして、俺から離れるな。…俺の肩にすがりついてくるがいい。わかったね」と女に語りかけます。その言葉に女が初めて人間らしい意志を見せた時、伊沢は感動を覚えます。しかし、生き延びた二人に待っていたのは、豚のような鼾をかいて眠る女と、彼女を置いて立ち去りたいという衝動に駆られる伊沢の姿でした。

登場人物

伊沢: 映画会社の見習い演出家。世俗的な価値観に馴染めず、孤独を抱えています。
白痴の女: 知的障害を持つ女性。純粋で本能的な存在として描かれています。

作品のテーマ

『白痴』は、戦後の虚無感、人間の本質、そして愛情のあり方を深く掘り下げた作品です。主人公は、白痴の女との交流を通して、人間の醜さや美しさ、そして生きることの意味を問い直します。

宮元淳一は本作について、戦火という異常な状況下で主人公が「運命に従順な美しさ」を感じてしまうものの、最終的にはそれを拒絶し、「平凡」に生きることを決意する物語だと解釈しています。

福田恆存は、本作における男女間の愛情について、安吾が「精神と肉体との対立」という普遍的なテーマを探求していると考察しています。そして、安吾は男女間の関係を単なる「肉体的なもの」だと断定しているのではなく、そうではないかと問いかけているのだと指摘しています。

作品が与えた影響

『白痴』は、発表当時、多くの読者に衝撃を与え、戦後の文学界に大きな影響を与えました。その斬新なテーマと表現は、現代においても読み継がれ、様々な解釈を生み出しています。

映像化・舞台化

『白痴』は、映画やテレビドラマ、舞台など、様々なメディアで映像化・舞台化されています。手塚眞監督による映画版（1999年）や、サタデーTVラボで放送されたテレビドラマ版（2009年）などがあります。

まとめ

坂口安吾の『白痴』は、戦後の日本社会における人間の姿を鋭く描き出した傑作です。ぜひ一度、手に取って読んでみてください。

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