真紅の扇

1917年、第一次世界大戦下の英国において、著名な作曲家エドワード・エルガーは、戦時中の慈善事業への資金援助を目的とした楽曲群を手がけました。その中の一つが、バレエ音楽『真紅の扇』（作品81）です。この作品の作曲は、作曲家と親しい交友関係にあったアリス・ステュアート＝ウォートリー婦人からの依頼によって実現しました。

このバレエの主題は、英国の画家チャールズ・コンダーが扇面に真紅で描いた絵画に霊感を得ています。この絵は、ギリシャ神話に登場する森の精エコーと牧神パンを題材としたものでした。作品の表題『真紅の扇』自体も、この絵画から名付けられています。

初演は1917年3月20日、ロンドンのチェルシー・パレス・シアターで行われました。これは、『Chelsea on Tiptoe』と題された軽喜劇の一部として上演され、エルガー自身が指揮を務めました。その後、同年5月に行われた別の慈善公演での再演に際して、「シェパードの踊り」と題された新しい楽曲が追加され、この時に初めて披露されました。

バレエの脚本は、アイナ・ロウサーが担当しました。物語は、森を舞台に展開されます。登場するのは、人間の男女、森の精エコー、牧神パン、そして愛の神エロスの彫像です。物語は、森で出会った男女が恋仲になることから始まりますが、一時的な口論から離れ離れになってしまいます。この時、エコーがいたずらを仕掛けたことがきっかけで、パンが激しく怒り狂います。男はエロスの彫像に救いを求めますが、その願いは虚しく、パンによって焼き殺されてしまいます。遅れて森に戻ってきた女は、変わり果てた男の無残な姿を目にし、激しい悲嘆に暮れます。その痛ましい様子を、パンは自身が森の奥へと引き込んだエコーと共に一瞥し、冷ややかに笑い飛ばすのでした。人間の儚さと神々の冷酷さ、そして悲劇的な結末を描いた物語です。

初演当時の『真紅の扇』は、聴衆から圧倒的な支持を得るには至らなかったと記録されています。しかし、この作品は時を経て、1960年代に著名な指揮者エイドリアン・ボールト卿によって再発見されました。ボールト卿は本作を高く評価し、1973年に蘇演を実現させました。さらに、1978年6月24日にロンドン・コロシアムで行われたロンドン・フェスティバル・バレエでの自身の最終公演においても、『真紅の扇』を演目の一つとして取り上げました。ボールト卿の尽力により、この埋もれかけていた作品は再び日の目を見ることとなったのです。

バレエ音楽からの抜粋としては、「エコーの踊り」が1917年にエルキン社から楽譜が出版されています。

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