矢島稔

矢島 稔（やじま みのる、1930年 - 2022年）は、日本の昆虫学界における重鎮の一人であり、特に子どもたちへの昆虫科学教育に多大な貢献を残しました。群馬県立ぐんま昆虫の森の設立と発展に深く関わり、晩年は名誉園長を務めました。

昆虫学への情熱

1930年、東京府（現東京都中野区）に生まれた矢島氏は、幼い頃から昆虫に強い関心を持っていました。その関心はやがて専門的な探求へと繋がり、1949年には日本昆虫学会主催のコンクールで論文が入賞するという栄誉に輝きます。この出来事が、彼が昆虫学者の道を歩むことを決定づける重要な契機となりました。

旧制中学校を経て、1957年に東京学芸大学を卒業後、同年には豊島園昆虫館の創設に携わります。これは、彼のキャリアの初期において、昆虫を展示し、人々に見せるという活動に深く関わる第一歩となりました。

動物園・昆虫施設でのキャリア

矢島氏の功績は、昆虫研究のみならず、日本の動物園や昆虫関連施設の発展に大きく貢献した点にあります。特に多摩動物公園では、1961年に昆虫園を開設し、さらに1988年には昆虫生態園をオープンさせるなど、画期的な試みを次々と実現させました。昆虫を生きたまま、その生態環境に近い形で展示するという手法は、来園者に昆虫の世界をより身近に感じさせる上で非常に効果的でした。

多摩動物公園での経験を積んだ後、東京都恩賜上野動物園水族館の館長を経て、1987年には多摩動物公園園長に就任します。動物園全体の運営にも携わる立場となり、その手腕を発揮しました。1990年に定年退職した後も、その長年の功績が認められ、翌年には文部大臣表彰を受けています。

さらに、1997年には財団法人東京動物園協会の理事長を務め、東京都の動物園事業全体の振興にも尽力しました。

ぐんま昆虫の森への貢献

矢島氏のキャリアにおけるもう一つの重要な節目は、群馬県立ぐんま昆虫の森への関与です。1999年にその園長に就任し、設立から運営に深く携わりました。ぐんま昆虫の森は、自然に近い環境で昆虫を観察できる施設として知られ、多くの来園者、特に子どもたちに昆虫や自然への興味を育む場となっています。2013年からは名誉園長として、その発展を見守り続けました。

子どもたちへの科学教育

矢島氏の名前を広く知らしめた活動の一つに、NHKラジオの長寿番組「夏休み子ども科学電話相談」があります。放送開始当初から昆虫分野の回答者として出演し、子どもたちの素朴な疑問に丁寧かつ分かりやすく答える姿は、多くのリスナーに親しまれました。その教育者としての温かい語り口と豊富な知識は、子どもたちの科学への扉を開く大きな力となりました。この長年の功績に対し、2017年にはNHK放送文化賞が贈られています。

その他にも、多くのテレビ番組に出演し、昆虫や自然の魅力を伝え続けました。また、全国昆虫施設連絡協議会顧問、日本ホタルの会名誉会長、日本鳥類保護連盟顧問など、様々な団体で要職を務め、昆虫や自然環境の保全・啓発活動にも積極的に関わりました。

著作活動と受賞

矢島氏は多岐にわたる著作を残しています。昆虫の採集・飼育法を解説するものから、生態の不思議に迫るもの、子ども向けの入門書、さらには受賞作となった『黒いトノサマバッタ』、『樹液をめぐる昆虫たち』といった児童書まで、その著書は幅広い読者層に支持されました。科学図説シリーズや学習図鑑、幼児向けのずかん、共著書なども含め、その著作活動は昆虫学の普及啓発に大きく貢献しました。

これらの功績に対し、棚橋賞、文部大臣表彰、小学館児童出版文化賞、動物学教育賞、NHK放送文化賞など、数多くの賞を受賞しています。

晩年

生涯を昆虫と子どもたちのために捧げた矢島稔氏は、2022年4月26日に肺炎のため、東京都内の病院で惜しまれつつ逝去しました。91歳でした。彼の残した足跡は、日本の昆虫学の発展、動物園・昆虫施設の充実に加え、未来を担う子どもたちの知的好奇心を刺激した教育者として、長く語り継がれることでしょう。

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