矢部又吉

矢部又吉：近代日本の銀行建築を彩った巨匠

矢部又吉（1888-1941）は、明治末期から昭和初期にかけて横浜を拠点に活躍した建築家です。その名は、川崎銀行をはじめとする数々の銀行建築を通して、近代日本の都市景観に大きな足跡を残しました。彼の作品は、現在でも一部が現存しており、日本の近代建築史において重要な位置を占めています。

生い立ちと教育

1888年、横浜市元町で建築請負人の父、矢部国太郎の子として生まれました。立教中学、工手学校（現在の工学院大学）建築科卒業後、著名な建築家である妻木頼黄に師事し、設計の基礎を学びます。その後、1906年にはドイツに留学。シャルロッテンブルク工科大学（現在のベルリン工科大学）で建築を学びながら、日本でも活躍したドイツ人建築家ゼールの下で研鑽を積みました。

川崎財閥との関わりと建築家としてのキャリア

1911年に帰国した矢部又吉は、父の後を継いで横浜市内に建築設計事務所を開設しました。早川鉄冶の長女・富見と結婚した縁から、川崎財閥系の建築物を数多く手がけることになります。彼の設計した銀行建築は、洗練されたデザインと堅牢な構造で知られ、川崎財閥の隆盛を象徴する存在として、当時の経済発展を反映した建築物となりました。建築業の傍ら、理研重工業などの重役も務め、多方面で才能を発揮しました。

代表作品とその現状

矢部又吉の代表作として、以下のような建築物が挙げられます。これらの建築物の多くは、現在も一部が保存されており、あるいは建物の跡地に新たな建造物が建てられています。

川崎銀行佐倉支店（1918年、現 佐倉市立美術館）： 高層ビルに囲まれるようにして、一部が保存されています。
川崎銀行横浜支店（1922年、現 損保ジャパン日本興亜横浜馬車道ビル）： ファサード（正面）が保存されています。
川崎銀行千葉支店（1927年、現 千葉市美術館）： ファサードが保存されています。
川崎銀行本店（1927年、東京都）： 1986年に解体されましたが、外壁の一部は明治村に移築され、現在もその姿を留めています。
川崎貯蓄銀行大阪支店（1931年、現 堺筋倶楽部・アンブロシア）： 矢部又吉の設計と推定されています。
第百銀行横浜支店（1934年、現 マンション）： ファサードが保存されています。
川崎貯蓄銀行福島出張所（1934年、現 ミナミ株式会社大阪事務所）： 国の登録有形文化財に指定されています。
ストロングビル（1937年、横浜市）： 2007年に解体されましたが、跡地に建設されたホテルに外観が復元されています。

これらの作品は、矢部又吉の建築思想と技術の高さを示すだけでなく、日本の近代建築史における貴重な遺産として、現在も人々にその存在を認識させています。

没後

1941年、53歳で逝去しました。墓所は青山霊園です。彼の設計した建築物は、近代日本の経済発展と都市景観を語る上で欠かせない存在であり、その功績は現在も人々に高く評価されています。彼の建築は、単なる建造物ではなく、時代を映す鏡として、そして日本の近代建築史における重要なマイルストーンとして、後世に語り継がれていくことでしょう。

参考文献

建築雑誌 第55輯第674號、1941年、建築學會
よこはま人物伝　歴史を彩った50人、横浜開港資料館 編、1995年、神奈川新聞社
大正人名辞典Ⅲ　下巻、1994年、日本図書センター（早川鐵冶の項目）
人事興信録　第12版下巻、1940年、人事興信所

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