硫酸還元菌

硫酸還元菌（りゅうさんげんきん）は、特定の細菌と古細菌のグループを指す総称です。これらの微生物は、好気呼吸において酸素を最終的な電子受容体とする生物とは異なり、嫌気性条件下で硫酸イオン（SO₄²⁻）を電子の最終的な受け渡し役として利用し、硫化水素（H₂S）を生成する代謝経路を持っています。この独特の呼吸様式は「異化型硫酸還元」と呼ばれ、エネルギー獲得のために硫酸を大量に還元する点が、生体成分合成のために少量のみ硫酸を還元する「同化型硫酸還元」を行う他の多くの生物と区別されます。

代謝の多様性

硫酸還元菌は、硫酸だけでなく、亜硫酸塩、チオ硫酸塩、四チオン酸塩、さらには元素状硫黄を含む様々な酸化型の無機硫黄化合物を電子受容体として利用できる種も多く存在します。したがって、「硫酸還元菌」という言葉は、硫酸を還元する種だけを指す場合と、これらの他の硫黄化合物も還元する全ての種を含む場合があり、文脈によってその範囲は異なります。

異化型硫酸還元では、まず硫酸がATPを使って活性化され、アデノシン5'-ホスホスルフェート（APS）に変換されます。このAPSがさらに還元されて亜硫酸となり、最終的に複数の酵素反応を経て硫化水素が生成されます。この過程にはエネルギー通貨であるATPの投入が必要ですが、電子伝達系を通じて回収されます。

電子を供給する側、すなわち電子供与体に関しても多様です。硫酸還元菌には、糖質、有機酸（ギ酸、乳酸、酢酸など）、アルコール、様々な炭化水素などの有機化合物を酸化する有機栄養性の種がいます。また、水素分子（H₂）や金属鉄（Fe⁰）などの無機物を酸化してエネルギーを得る無機栄養性の種も存在し、これらは嫌気性環境でメタン生成菌などと競争しながら生息しています。

生息環境と生態学的重要性

硫酸還元菌は極めて広範な環境に適応しており、海水、湖沼、堆積物、腐敗した有機物に富む水域はもちろん、熱水噴出孔、酸性鉱山排水、油田、地下深部の隔絶された帯水層など、厳しい条件下にも生息しています。多くは酸素のない嫌気性環境を好みますが、中には酸素に耐性を持つ、あるいは限定的ながら好気呼吸も行う種も知られています。

これらの微生物は、嫌気性環境における有機物分解において重要な役割を担っています。発酵菌が生成した有機酸やアルコールをさらに分解し、硫黄循環の一部を担います。特に、硫化水素は硫酸還元菌の代謝副産物であり、その特徴的な腐敗卵のような臭いは、これらの微生物の存在を示すサインとなることが多いです。塩性湿地や干潟の硫黄臭も彼らの活動によるものです。生成された硫化水素は、水中の金属イオンと結合して不溶性の金属硫化物を形成し、これが黒色や茶色の汚泥の原因となることもあります。

過去の地球史においても、硫酸還元菌は重要な役割を果たしたと考えられています。例えば、約2億5000万年前のペルム紀-三畳紀境界で発生した大量絶滅時には、海洋の無酸素化が進み、硫酸還元菌が優勢となって大量の硫化水素を放出し、生態系に壊滅的な影響を与えた可能性が指摘されています。

また、一部の硫酸還元菌は、環境中の無機水銀を神経毒性の高いメチル水銀に変換することが知られており、水系におけるメチル水銀の主要な生成源として注目されています。

環境問題と応用

硫酸還元菌は、工業分野において問題を引き起こすこともあります。金属構造物が硫酸塩を含む水に接する環境では、金属表面で発生した水素を利用して硫化水素を生成し、これが金属の腐食（生物学的腐食）を促進することがあります。コンクリート構造物の生物学的硫化腐食や、サワー原油の生成にも関与します。

一方で、その代謝能力を利用した応用も進められています。汚染された土壌や地下水に含まれる特定の炭化水素を還元・分解する能力を持つ種があり、バイオレメディエーション（微生物による環境浄化）に利用されています。また、酸性鉱山排水の処理への応用も研究されています。

地球化学的な側面では、海底堆積物中におけるメタン（CH₄）の嫌気的酸化（CH₄ + SO₄²⁻ → HCO₃⁻ + HS⁻ + H₂O）に関与し、メタンハイドレートの分解やメタンの放出抑制、そして堆積物中の硫酸塩の消費に寄与していると考えられています。資源開発、特に水圧破砕法によるシェールガス採取においては、硫酸還元菌の活動が硫化水素の生成やパイプラインの腐食を引き起こすため、その活動を抑制するための対策が講じられることもあります。

分類と系統

硫酸還元菌は、単一の分類群ではなく、複数の系統に分散しています。これは、異化型硫酸還元という代謝機能が、進化の過程で様々な微生物に獲得されたことを示唆しています。2009年の時点で、約60属220種が確認されています。

主要なグループは細菌のThermodesulfobacteriota門（旧Desulfobacterota門）に含まれるDesulfobacterales、Desulfovibrionales、Syntrophobacteralesなどの目に属し、全体の大部分を占めます。ファーミキューテス門にもDesulfotomaculum属などが含まれます。さらにニトロスピラ門や、独自の門を持つ好熱性のThermodesulfobacteriota、Thermodesulfobiumなども知られています。

細菌だけでなく、古細菌にも硫酸還元を行う種が存在します。Archaeoglobus、Thermocladium、Caldivirgaの3属が知られており、これらは主に熱水噴出孔などの高温環境に生息しています。

硫酸還元菌の存在や多様性を検出する際には、異化型硫酸還元の最終段階に関わる酵素の遺伝子であるdsrABが分子マーカーとして広く利用されています。

近年、カナダのキッド鉱山のような地下深部環境で、鉱物を酸化してエネルギーを得る無機栄養性の硫酸還元菌が発見されるなど、その多様な生態と機能に関する研究は現在も進められています。彼らは地球上に生命が誕生して間もない約35億年前まで遡ることができ、地球の初期環境における硫黄循環において重要な役割を果たした、最も古い微生物群の一つと考えられています。

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