神谷傳兵衛

神谷傳兵衛：貧農の六男からワイン王へ

神谷傳兵衛（1856-1922）は、現在の愛知県西尾市出身の実業家です。幼名は松太郎。貧しい農家の六男として生まれ、幼少期から働きに出ました。酒樽造りの弟子や商業の見習いを経て、11歳で独立。綿の仲買人や雑貨の行商を手がけましたが、16歳で失敗し全財産を失います。

転機は、横浜のフランス人経営の酒類醸造所で働いたことでした。病気で衰弱した際、ワインを勧められ回復。ワインの滋養に気づき、酒類業界への道を志すことになります。

みかはや銘酒店と神谷バー

1874年、父の死を機に家督を相続し、傳兵衛と改名。横浜の会社を辞め、東京で酒の引き売りを始めます。貯蓄を元手に、1880年、浅草に「みかはや銘酒店」を開店。輸入ワインを原料とした、日本人向けの甘口ワインを製造・販売し大成功を収めます。「蜂印葡萄酒」や「蜂印香竄葡萄酒」は海外でも高い評価を受けました。「香竄」は、多芸多趣味だった父の雅号に由来します。この甘口ワインの大ヒットにより、日本のワイン市場は長らく甘口ワインが主流となりました。現在でも神谷バーでは、この伝統的な甘口ワインが提供されています。

1912年には、みかはや銘酒店を改装して「神谷バー」を開業。浅草のランドマーク的な存在となり、繁盛を極めました。

シャトーカミヤ：ワイン造りの夢

神谷バーでの成功を基に、傳兵衛はかねてからの夢であった自社でのワイン醸造に着手します。婿養子となった小林伝蔵の尽力も大きかったです。傳兵衛には実子がなく、兄の娘を養女として迎え、優秀な小林伝蔵を婿養子にしました。伝蔵は、ワイン醸造技術を学ぶためフランスへ留学。帰国後、傳兵衛は6000本の苗木を輸入し、東京郊外で栽培を試みました。

1898年、茨城県牛久市に160haの土地を購入し、「神谷葡萄園」を開園。1901年に仮醸造場、1903年には本格的な醸造場「シャトーカミヤ」を完成させました。シャトーカミヤは、ブドウ栽培から瓶詰めまで一貫生産を行う、日本を代表するワイナリーとなりました。現在も、その歴史ある建物は重要文化財として保存されています。

三河鉄道と故郷への貢献

傳兵衛は、1912年に三河鉄道の創立に関与し、1916年には社長に就任。経営危機に陥った同社の再建に尽力しました。4代目社長には婿養子の伝蔵が就任し、1926年に路線が傳兵衛の故郷である松木島まで延伸。功績を称え、駅名は「神谷駅」（のちに松木島駅と改称）と名付けられました。

晩年とその後

1922年、傳兵衛は66歳で亡くなりました。遺体は当初、神谷葡萄園内に埋葬されていましたが、後に東京都台東区に移されました。シャトーカミヤ内には神谷傳兵衛記念館があり、彼の功績を偲ぶことができます。

シャトーカミヤの葡萄園は、大部分が駐車場などに転用されましたが、わずかに垣根式栽培が今も残っています。また、かつての葡萄園の一部には「神谷」という地名が残されています。シャトーカミヤの事務室、発酵室、貯蔵庫は国の重要文化財に指定されています。

傳兵衛は、1918年に千葉県稲毛海岸に別荘を構えました。洋館は国の登録有形文化財に登録され、現在も保存されています。

神谷傳兵衛は、貧しい農家の出身ながら、持ち前の努力と才能、そして周囲の人々の支えによって、偉大な成功を収めた実業家でした。彼の功績は、日本のワイン産業、そして地域社会に大きな影響を与え続けています。

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