福岡隆

福岡 隆（ふくおか たかし）は、1916年に生を受け、2002年にその生涯を閉じた日本の速記者であり、また評論家としても知られる人物です。

生い立ちと速記への道

福岡氏は、大正5年（1916年）6月1日、広島県の因島にて生誕しました。少年時代、小学三年生のときに父を亡くすという経験をしています。その後、昭和4年（1929年）に上京し、簿記学校で速記の技術を修得しました。さらに、英語の学校でも学び、早稲田大学の文学通信教育部にて学問を深め、海軍学校の暗号科も修了するなど、幅広い分野で知識と技術を身につけました。

速記界での活躍

速記の道を究める中で、日本速記の創始者とされる田鎖綱紀（たくさり こうき）と親交を結び、その思想や業績に深く触れる機会を得ました。この経験は、後に彼が速記史の研究に取り組む上で重要な礎となります。

速記者としての実務においては、名だたる文豪たちの言葉を速記する機会に恵まれました。特に著名なのは、昭和34年（1959年）から9年間にわたり、作家・松本清張の専属速記者を務めたことです。会議や対談、取材など、様々な場面で清張氏の発言を正確かつ迅速に記録しました。また、文豪・谷崎潤一郎の速記も担当するなど、貴重な歴史的記録の作成に深く関与しました。

これらの経験を通じて、福岡氏は速記技術の奥深さだけでなく、言葉を生み出す人々の息遣いや思考のプロセスを間近で見つめることとなりました。その長年にわたる速記実務での功績が認められ、日本速記協会では副理事長という要職を務め、日本の速記界の発展に貢献しました。

評論家・研究者として

実務家としてだけでなく、評論家、研究者としても活発な活動を展開しました。自身の速記経験や、速記の歴史、人物に関する著作を数多く世に送り出しました。

昭和43年（1968年）に刊行された『人間・松本清張 専属速記者九年間の記録』は、松本清張の傍らで過ごした9年間の記録をもとに、作家の知られざる一面や創作の舞台裏を描いた作品として注目されました。また、昭和53年（1978年）に岩波新書として出版された『日本速記事始 田鎖綱紀の生涯』は、速記の父とされる田鎖綱紀の生涯を詳細にたどり、日本における速記の起源とその重要性を明らかにした速記史研究の重要な一冊です。さらに、昭和55年（1980年）の『活字にならなかった話 速記五十年』では、自身の50年にわたる速記生活で経験した様々な出来事や、速記技術に対する深い洞察を綴っており、速記という仕事の魅力と苦労がリアルに伝わってきます。

これらの著作活動を通して、福岡氏は速記という技術が単なる記録手段ではなく、歴史や文化を後世に伝える重要な役割を担っていることを広く社会に訴えかけました。

晩年と遺したもの

長年にわたり日本の速記界、そして言論界に貢献した福岡隆氏は、平成14年（2002年）4月9日、脳梗塞のため85歳で逝去しました。速記者としての正確な記録技術、評論家としての深い洞察、そして速記史研究家としての情熱は、彼の残した著作や活動を通じて、今なお多くの人々に影響を与えています。特に、速記という技術の歴史と重要性を後世に伝えた功績は計り知れません。

主要著作

『甦へる無医村 雪国に闘ふ女医の記録』（京文社、1944年）
『山峡に咲く花』（報文社、1946年）
『人間・松本清張 専属速記者九年間の記録』（大光社、1968年）
『日本速記事始 田鎖綱紀の生涯』（岩波書店〈岩波新書〉、1978年8月）
* 『活字にならなかった話 速記五十年』（筑摩書房、1980年11月）

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