私学助成

私学助成は、国および地方公共団体が、私立の学校法人や、そこに学ぶ児童・生徒・学生、またはその保護者に対して行う財政的な支援制度を指します。

制度の概要と歴史

日本における私学助成の主な根拠法は、1975年に公布され、翌1976年に施行された「私立学校振興助成法」です。この法律が制定されるまで、私学に対する国の支援は限定的でした。第二次世界大戦前は国の監督が厳しかった一方で、助成はわずかでした。戦後、私立学校の自主性が重んじられるようになり、国の監督は緩和されましたが、憲法第89条との関係もあり、直接的な補助金交付は、理科教育や産業教育といった国が特に振興を必要とする分野に限られていました。助成の中心は、税制上の優遇措置や、私立学校振興会を通じた施設整備のための低利融資などでした。

しかし、1970年代に入ると、私立学校が急増し、その財政状況が厳しさを増しました。これを受けて、1970年度（昭和45年度）から、私立学校の教育・研究活動に必要な経常的経費に対する国庫補助が始まりました。そして、この助成をさらに拡充するために、私立学校振興助成法が制定され、私立学校法も改正されました。この法改正と同時に、国の私立学校に対する監督も強化されることとなりました。

この制度導入にあたっては、日本国憲法第89条の存在が大きな論点となりました。同条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」と定めています。私立学校がこの「公の支配に属しない教育の事業」にあたるのではないかという解釈がかつては有力でした。しかし、1975年に政府は憲法解釈を変更し、教育基本法、学校教育法、私立学校法などに定められた教育施設は「公の支配下に属する」とみなすこととしました。これにより、私立学校への国や地方公共団体からの助成が可能になったのです。ただし、構造改革特別区域法に基づき設置される株式会社立大学や株式会社立学校など、「公の支配に属しない」と解釈される特定の形態の学校は、私学助成の対象外とされています。

私立学校振興助成法の制定に際して、国会では「経常費の2分の1を補助する」という附帯決議がなされましたが、これは現在まで実現していません。2015年度（平成27年度）の補助割合は9.9％にとどまっています。

私学助成と憲法第89条

憲法第89条後段にいう「公の支配」の解釈については、現在も議論があります。私立学校が国から受ける監督が、この「公の支配」に該当するかどうかが問題となるのです。もし該当しないとすれば、私学助成は憲法違反となる可能性が生じます。

憲法学においては、89条後段の趣旨について「私人が行う教育事業の自主性確保」「公費の濫用防止」「政教分離を補完する中立性確保」など複数の学説が存在します。また、「公の支配」の解釈についても、「公権力が事業の予算・執行・人事などに決定的な影響力を持つこと」（厳格説）、「国や地方公共団体による一定程度の監督が及ぶこと」（緩和説）、「他の憲法条項（特に教育を受ける権利を定めた26条など）との総合的な解釈」（中間説）といった立場があります。

自主性確保説は厳格説と、公費濫用防止説は緩和説と結びつきやすい傾向があります。中立性確保説や折衷説は、厳格説または中間説と結びついて議論されることが多いようです。現状の私立学校法などに基づく国の監督は、厳格説からは「公の支配」にあたらないと解されますが、緩和説や中間説からは「公の支配」にあたると解釈されます。特に中間説では、教育を受ける権利を保障する憲法第26条などの要請から、私学助成は積極的に行うべきであり、そのための監督体制は「公の支配」に当たると解釈する傾向があります。また、補助金自体が憲法第25条（生存権）や第26条に基づく国民へのサービス提供の一環であり、89条とは直接関連しないという見解もあります。

政府は、一貫して私立学校は「公の支配」下にあり、私学助成は合憲であるとの立場をとっています。その根拠として、文部科学省（旧文部省）は、私立学校の設置・廃止、教職員資格、教育内容などに対する国の規制や、学校法人の設立・解散・運営に対する認可権限などを挙げています。これらの規制・監督によって、私立学校は「公の支配」を受けていると説明しています。ただし、過去の国会答弁では、内閣法制局長官が憲法第89条の解釈の困難さに言及しつつも、日本の実情に合わせて「公の支配に属させることによって国費が出せる」という解釈もやむを得ないとの見解を示しており、政府自身も解釈の難しさを認識していることがうかがえます。

国による主な私学助成制度

国が実施する主な私学助成制度には、以下のようなものがあります。

私立大学等経常費補助金: 私立の大学、短期大学、高等専門学校を対象とし、教育・研究条件の維持向上、学生の修学上の経済的負担軽減、学校経営の健全性向上などを目的として、経常的経費の一部（私立学校振興助成法第4条により2分の1以内）を日本私立学校振興・共済事業団を通じて助成します。放送大学や沖縄科学技術大学院大学のように、例外的に2分の1を超える助成が行われるケースもあります。
私立高等学校経常費助成費等補助金: 私立の大学、短大、高専以外の一条校（高等学校、中学校、小学校、幼稚園など）を対象とします。これらの学校の教育・研究条件向上や学生・生徒の負担軽減などを図るため、都道府県がこれらの私立学校に行う経常費助成に対して、国がその一部を補助する制度です（私立学校振興助成法第9条）。

このほかにも、施設・設備の整備や研究活動を支援するための補助金などが、別途実施されています（私立学校振興助成法第10条に基づくものや、個別の補助金など）。

私学助成制度は、私立学校がその教育理念に基づいた多様な教育を展開し、国民に幅広い教育の選択肢を提供するとともに、私立学校に通う学生・生徒や保護者の経済的負担を軽減する上で、重要な役割を果たしています。

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