秋田八丈

秋田八丈は、秋田県で古くから織り継がれてきた独自の伝統を持つ絹織物です。特に、地元の植物であるハマナスやカリヤスなどを用いた草木染めによる豊かな色彩と、茶色や黄色を基調とした温かみのある地色に、繊細な縞や格子柄を配した意匠が特徴として知られています。「秋田黄八丈」とも呼ばれ、その独特の風合いは多くの人々を魅了してきました。

歴史

秋田八丈の歴史は、江戸時代中期の天明4年（1784年）に始まります。仙台藩で養蚕業を営んでいた石川滝右衛門が秋田藩（久保田藩）へ移り住み、養蚕や製紙、そして織物の技術をもたらしたことがその源流とされています。秋田藩は藩の物産振興策として石川を「産物方」に任じ、彼の持つ多岐にわたる産業技術（養蚕、製紙、蚕卵紙、織物、桑や楮の栽培、漆関連技術、草木染料の抽出など）の発展を後押ししました。同時期には、久保田藩主が上州桐生の蓼沼甚兵衛を招き入れ、川尻に染色の場を設け、畝織や黄八丈といった高度な織物技術を導入することで、秋田産の絹織物の品質向上に努めました。文化11年（1814年）には藩営の「絹方役所」が設立され、伊藤兵衛の道場を工場として利用し、子女に絹織物の技術を習得させるなど、組織的な生産体制が整えられました。藩外への移出も試みられましたが、当初は織物の評価が低く、赤字に終わるなど困難もありました。

しかし、こうした試行錯誤を経て、石川と蓼沼の技術が融合され、金易右衛門や関喜内らとの協力のもと、ハマナスの根から採れる独自の茶系染料を用いた秋田八丈が完成しました。この技術の確立により、天保年間（1830年～1843年）には、それまで江戸市場で流通していた八丈島産の黄八丈に取って代わり、秋田八丈が広く市場を占めるほどの隆盛を見せます。ところが、天保12年（1841年）に始まった水野忠邦による天保の改革で奢侈品が規制されたことで、秋田八丈は大きな打撃を受けました。しかし、安政年間（1854年頃）には再び生産が活発化します。

明治時代に入ると、明治元年（1868年）には10戸の作業場があり、士族の婦女が多く織りに関わっていたと伝えられています。明治10年（1877年）には秋田市長野に県営の工場が創設され、京都西陣への技術者派遣などを通じて品質改良が進められました。この事業の隆盛を受けて、明治14年（1881年）には県営工場が民間の「秋成社」に払い下げられ、従業員300名余り、織機80台以上を擁する一大生産拠点となりました。秋成社は東京日本橋に販売店を設けるなど販路を拡大し、同年には明治天皇の工場巡幸もあり、秋田八丈は一層注目を集めます。官営工場時代に改良に尽力した田中平八氏の功績を称える碑も明治16年（1883年）に建立されました。

しかし、明治28年（1895年）頃になると、安価な外国産の新染料の輸入などにより秋成社は経営が悪化し、事業は廃止されてしまいます。その後、那波氏らが中心となり、伝統的な染め織り技術の研究を続け、「変八丈」と呼ばれる新たなタイプの織物を開発するなどして、東京や京都、名古屋、北海道など全国に販路を再び広げました。日清戦争（1894年～1895年）で一時的に需要が減少しましたが、戦後すぐに回復し、明治36年～37年（1903年～1904年）には器具改良による取引高増加もあり、黄金期を迎えます。しかし、日露戦争終結後の明治38年（1905年）以降は、新しい流行への対応の遅れや織物消費税の影響もあり、廃業・休業が増加します。第一次世界大戦期（1914年～1918年）には再び盛況となりますが、大正12年（1923年）の関東大震災で大きな打撃を受け、次第に生産規模は縮小していきます。昭和4年（1929年）には、滑川五郎氏が唯一、秋田八丈の伝統を守り続ける存在となりました。昭和55年（1980年）には、滑川五郎氏の子である滑川晨吉氏が秋田県指定無形文化財の保持者に認定され、技術継承が進められました。しかし、滑川晨吉氏の高齢化に伴い、平成15年（2003年）に滑川機業所は廃止となります。この伝統存続の危機に、ただ一人の従業員であった奈良田登志子氏が立ち上がり、平成17年（2005年）に工場施設を譲り受け、北秋田市にて「ことむ工房」として独立。現在も秋田八丈の伝統を継承しています。工房は令和5年（2023年）に北秋田市内で移転しました。

特色と技法

秋田八丈は、やや太めの絹糸を用いて織られる平組織りの織物です。特に際立つのは、その美しい色彩と繊細な柄です。染料には、ハマナスの根から採れる茶色、カリヤスやレンゲツツジから得られる黄色系統の色が主に使用されます。これらの草木染めによる自然な色合いを基調に、縞柄や格子柄が織り出されます。一部には黒色をアクセントに加えたものや、黄色地に青や桃赤を組み合わせた華やかな意匠も見られます。黒色はハマナスと他の植物を混ぜたり、ログウッドを用いたりして染められます。染料植物は、それぞれ適切な時期に特定の部位が採取されます。ハマナスは花が咲く頃に、目的の色調が得られる特定の生育地で根を採取します。カリヤスの仲間であるオオヒゲカリヤスモドキは栗駒山山麓に自生しており、8月に採取されます。レンゲツツジは緑葉を7月から8月に採取し、陰干しして保存します。レンゲツツジの染液は、媒染剤によって赤茶、焦茶、黒、灰色といった多様な色に変化させることができます。これらの染料は、いずれも鉄釜で煮出して抽出されます。

絹糸の太さも特徴的で、主に90デニールから180デニール程度のやや太い糸が用いられます。また、秋田八丈には「秋田畝織り」という独特な変わり織りもあります。これは、経糸に対して倍以上の太さの緯糸を打ち込むことで横方向の畝（うね）を作り出すもので、基本的な組織は平織りですが、シャリシャリとした独特の手触りが生まれます。

継承

秋田県指定無形文化財であった滑川晨吉氏から受け継がれた秋田八丈の伝統技術は、現在、奈良田登志子氏が主宰する「ことむ工房」によって守られています。伝統的な草木染めと手織りの技法を守りながら、現代の感性にも合う新たな作品づくりにも挑戦しており、秋田八丈の技術と文化が未来へつながるよう活動が続けられています。

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