種差別

種差別（しゅさべつ）とは、英語で speciesism と呼ばれ、私たち人間以外の生物、特に動物に対して行われる不当な差別や区別を指す言葉です。人間同士の間で生じる「人種差別」という概念になぞらえて作られました。これは、人間だけを特別な存在とし、他の生物の苦痛や利益を軽視する考え方、すなわち人間中心主義を批判する立場から、そのような差別は正当ではないと主張するために主に用いられます。

この「種差別」という言葉の起源は、心理学者のリチャード・D・ライダー氏が1973年に用いたことに遡ります。しかし、この概念を広く世に知らしめたのは、倫理学者であるピーター・シンガー氏が1975年に出版した著書『動物の解放』（Animal Liberation）でした。この書籍は、種差別の問題を鋭く告発し、それがなぜ問題なのかという根拠を哲学的に深掘りして提示した点で画期的でした。

シンガー氏は、自身の功利主義という倫理観に基づき、「苦痛や快楽を感じ、それを表現する能力があるすべての存在に対し、人間は等しく道徳的な配慮を行うべきである」と主張しました。したがって、ある存在が人間であるか否か、あるいはその知能の高さや、人間にとってどれだけ役に立つかといった基準で、動物に対する扱いを変えることは、差別であり許されないと考えました。ただし、苦痛や快楽を感じる能力の度合いに違いがあることは認め、それに合わせた配慮の度合いの変化はありうるとも述べています。

種差別が問題とするのは、動物の種類が違うという理由のみを根拠に、人間とそれ以外の動物、あるいは動物同士の間で差別を行うことです。例えば、「クジラや犬を食べるのは感情的に抵抗があるが、牛や豚、鶏は食べることに抵抗がない」といった、人間が動物に対して設ける様々な線引きそのものが、全てが種差別であるというわけではありません。問題視されるのは、「種が違うから」という根拠だけで、ある種の動物の苦痛や利益を無視したり、人間と同等あるいは少なくともその種に応じた適切な配慮を拒否したりする姿勢なのです。

この種差別に反対する考え方から発展したのが、「動物の権利」という思想です。動物の権利を主張する人々は、工業的な方法で大量に動物を飼育する工場畜産、研究のために動物を用いる動物実験、娯楽としての狩猟や動物を使ったサーカス、そして動物園といった、動物の福祉や権利を侵害していると考えられる慣習や施設に対して見直しや廃止を求めます。さらに、人間が動物を食料やその他の目的で利用することを避け、動物性の製品を消費しないヴィーガニズムや菜食主義（ベジタリアニズム）を人々に広く呼びかけています。

近年では、人間以外の動物にも法的な保護や権利を認めようという具体的な動きが世界各地で見られるようになりました。例えば、南米のアルゼンチンでは2016年にチンパンジー、2019年にはオランウータンについて、動物園から解放して保護区へ移送するよう命じる判決が出ています。また、コロンビアの最高裁判所も2017年に、メガネグマの動物園からの釈放と自然保護区への移送を命じました。アメリカのオハイオ州では2021年、カバの扱いを巡る訴訟において、裁判所がカバを訴訟の原告とすることを認めるという注目すべき判断を示しました。

一方で、動物に人間のレベルの権利を認めることには否定的な判断も存在します。2022年6月には、アメリカのニューヨーク州最高裁判所が、高い知能を持つことで知られるアジアゾウ「ハッピー」をブロンクス動物園から解放すべきかという裁判で、「ハッピー」には人権がない、という判断を下しています。これらの事例は、動物の権利を巡る議論が、現在も進行中であり、国や地域によって異なる考え方が存在することを示しています。

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