稲葉正邦

稲葉正邦：幕末から明治への波乱に満ちた生涯

稲葉正邦は、幕末期から明治初期にかけて活躍した、正成系稲葉家16代当主にして、淀藩最後の藩主です。老中や京都所司代を務めた彼は、激動の時代を駆け抜けた人物として知られています。

淀藩と家督相続

陸奥国二本松藩主・丹羽長富の七男として生まれた正邦は、嗣子のいなかった淀藩主・稲葉正誼の養子となり、家督を相続しました。淀藩では譜代の家老である田辺家が藩政を執り行う慣例がありました。正邦の時代には田辺権太夫（のち右京）が藩政を掌握しましたが、改革を進めようとする正邦と穏健派の田辺家との間にはしばしば対立が生じました。史料には、正邦の日常業務に田辺氏が同行しない事例も記録されています。

幕末期の政治活動

淀藩は西国に睨みを利かせる畿内有数の藩であったため、正邦は幕府内でも早くから昇進しました。会津藩、桑名藩、薩摩藩の同盟成立頃から京都所司代に任命され、京都の政務を委任されたのです。その後、老中、そして政事総裁にまで昇りつめ、主に江戸藩邸で活動するようになりました。

しかし、その立場を活かして第一次・第二次長州征伐への淀藩士の派兵を決定しようとした際には、田辺権太夫の強い反対にあい、断念せざるを得ませんでした。この出来事は、佐幕急進派であった正邦と穏健派の藩首脳部との対立を明確に示す出来事となりました。

鳥羽・伏見の戦いでは、老中という立場にあったにもかかわらず、淀藩は新政府に恭順しました。これは藩首脳部と新政府との密約によるものであり、幕府軍の入城を拒否したのは、江戸に滞在していた田辺権太夫ではなく、淀藩留守居役であった田辺の弟・治之助でした。治之助はその後、幕府軍を数名城内に入れたことを理由に切腹に処せられています。

この時、江戸で将軍の留守政権の要職にあった正邦は、自身の決定なしに自らの藩が徳川家に反旗を翻すという複雑な立場に置かれ、慶応4年2月に老中職を辞任。朝廷からの上洛要請に応じますが、三島宿で徳川慶喜から新政府への嘆願書を持っていたことが発覚し、小田原の紹太寺で謹慎を余儀なくされました。その後、新政府の許可を得て京都に送られましたが、閏4月5日に宥免されました。淀藩はその後も新政府への恭順を貫き、正邦ら佐幕急進派が分裂することはありませんでした。

明治時代と晩年

版籍奉還により淀藩知事となった正邦は、廃藩置県によってその地位を退きました。維新後は平田鐵胤に入門し神道に傾倒、三島神社宮司や大教正などを歴任、明治初期の神道発展に大きく貢献しました。明治8年には神道事務局を設立し管長に就任、その後神道事務局が神道本局に改組された際には初代管長に就任しています。また、『妖幻夜話』『東閣遺草』などの著作も残しています。その後、養子である正縄が家督を継ぎました。

稲葉正邦の生涯は、激動の時代を生きた一人の大名の波瀾万丈な人生であり、幕末維新期の日本の歴史を理解する上で欠かせない人物の一人と言えるでしょう。彼は政治家としてだけでなく、神道家としても重要な役割を果たし、その多様な活動は、現代においても高く評価されています。

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