竹斎

『竹斎』(ちくさい)は、江戸時代初期、元和7年(1621年)から元和9年(1623年)頃にかけて刊行された仮名草子です。全2冊からなるこの作品は、医師である富山道冶(生年不詳-1634年)によって書かれたとされています。

富山道冶は伊勢国松坂の商家の出身で、京都で著名な医師であった曲直瀬玄朔に師事し、医学を学んだ人物でした。『竹斎』の物語は、慶長時代の頃、京都に住む貧しい藪医者、竹斎が、家来のにらみの介を伴い、諸国を巡る旅に出るという筋書きです。旅の出発前に、京都の名所を巡る見納めの旅をします。物語は、東海道を下り名古屋に滞在し、そこで医療行為を行う場面から展開します。しかし、治療に失敗する場面もあり、その後、江戸に下り、江戸の名所を訪れ物語は幕を閉じます。

『竹斎』は、竹斎の遍歴をユーモラスに描きながらも、当時の世相を鋭く風刺する内容を含んでいます。名所案内の要素も取り入れられており、読者を楽しませる工夫が凝らされています。竹斎のモデルは、曲直瀬玄朔に師事した曲直瀬流を標榜する藪医者だと考えられていますが、作者は当時の批判を避けるため、慶長時代を匂わせるような表現を用いるなど、巧妙なカモフラージュを施しています。また、初版本の元和古活字本と、後に刊行された寛永製版本とでは内容に違いがあり、寛永製版本には京見物の後に「播磨侍の切腹未遂騒動」という長編エピソードが追加されているなど、改訂が加えられています。

『竹斎』は当時、大変な人気を博し、派生作品である『竹斎狂歌物語』なども出現しました。さらに、『浮世物語』などの遍歴体小説や、名所記の発展にも影響を与えたと考えられています。作品中には、好色な僧侶への批判や、見かけ倒しで実力のない医師の増加など、当時の社会問題に対する批判的な視線も織り込まれています。これは、作者が当時の社会情勢に強い関心を抱き、それを作品に反映させたことを示唆しています。

『竹斎』は、単なる滑稽話や名所案内にとどまらず、当時の社会状況を反映した重要な文学作品と言えるでしょう。作者の巧みな文章力と、社会への鋭い洞察力が融合したこの作品は、江戸時代の文化や社会を知る上で貴重な資料となっています。また、後世の文学作品にも大きな影響を与えた点からも、その価値は計り知れません。その人気と影響力は、江戸時代の人々の生活や価値観を理解する上で重要な手がかりを提供し続けています。現代においても、そのユーモラスな語り口と社会風刺は、多くの人々の共感を呼び、読み継がれています。

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