符幹

符幹とは

楽譜を構成する要素の一つに、符幹（ふかん、英語ではstemと呼ばれます）があります。これは、音符の主要部である符頭から垂直に伸びる細長い線のことです。符幹は、その長さや向き、そして符頭からのびる位置によって、音符が示す情報や楽譜全体の視覚的な構造に影響を与えます。特に、複数のパートが同時に記譜される楽曲においては、各声部を識別するために重要な役割を果たします。

符幹の向きとその規則

符幹は、符頭から上方向、または下方向のいずれかに伸びるように記されます。この向きの基本的な選択は、五線譜の中央線を基準として、符頭がどの高さにあるかによって決まります。

五線譜の中央線以上の音高: 五線譜の中央線上にある音符、またはそれよりも高い位置にある音符の場合、符幹は通常、下向きに記されます。
五線譜の中央線以下の音高: 五線譜の中央線よりも低い位置にある音符の場合、符幹は通常、上向きに記されます。

この規則は、楽譜を読む際の視覚的なバランスを保つための慣習です。しかし、複数の声部が同じ五線譜に記されるポリフォニックな音楽では、この規則は声部の区別を目的として柔軟に適用されます。例えば、高音域を担当する声部と低音域を担当する声部を同じ段に記譜する際、高音の声部は符幹を常に上向きに、低音の声部は常に下向きにするなど、視覚的に各パートを分離するために符幹の向きが統一されることがあります。

符幹と符頭の位置関係

符幹が符頭から伸びる具体的な位置は、符幹の向きによって以下のように定められています。

符幹が上向きの場合: 符幹は符頭の右側から伸びます。
符幹が下向きの場合: 符幹は符頭の左側から伸びます。

これは、楽譜の見た目を整え、音符を視覚的に明確にするための標準的な配置です。

和音における符幹の特別な配置

複数の音符が同時に鳴らされる和音の場合、特に和音内に短2度や長2度のように音高が近接した音程が含まれる際には、符幹の配置に例外的なルールが適用されることがあります。

2度音程を含む和音では、符幹は和音を構成する音符の間に通るように記されます。そして、より音高が高い音符は符幹の右側に、より音高が低い音符は符幹の左側に配置されます。これにより、音高が近い複数の音符でもそれぞれがはっきりと認識できます。

さらに、C、D、Eのように、3つ以上の音符が2度間隔で並ぶ和音の場合、符幹は同様に音符の間を通りますが、外側の音符（例ではCとE）は通常のルール（Cは符幹の左、Eは符幹の右）に従うのに対し、中間の音符（D）は符幹の左側に配置される、といった例外的な対応がなされます。これは、限られたスペースに密集した音符を一つの符幹でまとめ、かつ各音符を読み取れるようにするための工夫です。

符幹の長さの基準

符幹の標準的な長さは、慣習的に五線譜上の約1オクターブの幅を目安とします。具体的には、符幹が上向きであれば符頭から視覚的に1オクターブ上の音高位置まで、下向きであれば1オクターブ下の音高位置まで届くような長さが基準とされます。

ただし、符頭が五線譜から大きく離れた加線上にある音符の場合など、視認性を高めるために符幹の長さは調整されます。例えば、五線譜の中央線から1オクターブ以上離れた加線に符頭がある場合、符幹は少なくとも五線譜の中央線に触れるか、少し超える長さまで伸ばされるのが一般的です。これにより、遠い音域の音符でも符幹の方向と長さを手がかりに音高を把握しやすくなります。

一方、ポリフォニック音楽で2つのパートが同じ五線譜に記譜される場合などでは、楽譜全体の見た目のバランスを整え、中央部分に視覚的な注意が集まるように、符幹が通常より短くされることもあります。これは、楽譜の読みやすさを考慮した編集上の判断です。

符幹による演奏指示

符幹には、基本的な音高やリズム情報に加え、特定の演奏技法や指示を示すための記号が付加されることがあります。よく見られる例として、符幹に短い斜線が複数本引かれる場合があります。この記号は、多くの場合、トレモロ（tremolo）と呼ばれる音の急速な反復や振動を指示するものです。斜線の本数によって、反復の速度や演奏方法がさらに具体的に指定されることもあります。

このように、符幹は音符の基本的な形の一部でありながら、その多様な規則や修飾によって、楽譜から読み取れる音楽的な情報を豊かにし、演奏者に正確な指示を伝える上で不可欠な要素となっています。

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