第70回都市対抗野球大会

1999年の夏、社会人野球最大の祭典である都市対抗野球大会が、第70回の記念大会として東京ドームで催されました。7月23日から8月2日まで繰り広げられた熱戦は、多くの企業チームや選手の記憶に残るものとなりました。

大会を取り巻く背景

この年の大会は、社会人野球を取り巻く環境の大きな変化を反映したものでした。特に注目されたのが、NTTグループの野球部再編です。全国各地に散らばっていたNTTのチームは、この後NTT東日本とNTT西日本に集約される予定でした。しかし、第70回という節目の大会を迎えるにあたり、日本野球連盟の要望を受け、一部の地方チームはこの大会まで存続することとなりました。予選を勝ち抜いて本大会への出場を果たしたNTT北海道、NTT北陸、NTT九州は、本社からの支援を受ける最後の都市対抗となりました。一方、NTT東京から改称したNTT東日本は東京地区の第一代表として順当に出場権を得ましたが、NTT関西から改称したNTT西日本は予選で敗退しています。大会終了後、これらのNTT地方チームの多くは、クラブチーム化するか廃部という道を選びました。

NTTグループ以外でも、チームの存続に関わる状況がありました。府中市を拠点としていた東芝府中野球部は、川崎市の東芝本社チームに統合されることが決まっており、この大会が最後の出場となりました。また、経営状況から休部が発表されていた伊丹市の小西酒造も、最後の夏に本大会への切符を手に入れ、有終の美を飾るべく臨みました。

激戦、そして決勝へ

この大会は、初出場チームがないという、実力のある伝統チーム同士のぶつかり合いとなりました。各地区の予選を勝ち抜いた強豪たちが、黒獅子旗を目指してしのぎを削りました。

大会は順調に進み、決勝戦へと駒を進めたのは、長崎市の三菱重工長崎と川崎市の東芝でした。これは、奇しくも8年前の第62回大会と同じ決勝の顔合わせとなり、三菱重工長崎にとっては、かつて敗れた相手へのリベンジを懸けた戦いとなりました。

しかし、決勝戦は東芝が一方的な展開を見せます。投手陣が三菱重工長崎打線をわずか1安打に抑え込む見事な投球を見せれば、打線も爆発。本塁打攻勢などもあって大量得点を挙げ、最終的には12対0という大差での完封勝利を収めました。この結果、東芝は8年ぶり5回目の都市対抗野球大会優勝を果たしました。

カルロス・ゴーン氏の来場と日産野球部存続

この大会で大きな注目を集めた出来事の一つに、日産自動車の当時の社長、カルロス・ゴーン氏が試合を視察に訪れたことが挙げられます。2回戦の日産自動車対東芝府中の試合を観戦したゴーン氏は、選手たちのプレーはもちろん、スタンドの熱気あふれる応援と観客の一体となった盛り上がりに深く感銘を受けました。試合終了後、彼は応援団の陣取るスタンドにまで足を運び、日本語で感謝と感動の言葉を述べ、詰めかけた観客から万雷の拍手を浴びました。この訪問の直後、ゴーン氏は記者会見を開き、当時存続が危ぶまれていた日産自動車硬式野球部について、「私は野球部を存続させるためにここに来ている」と明確に発言しました。この力強い言葉は、関係者やファンに大きな安堵と希望を与え、社会人野球界全体に明るいニュースとして響き渡りました。

大会を彩った人々

大会の最優秀選手に贈られる橋戸賞には、決勝戦で三菱重工長崎を完封した東芝のエース、須田喜照投手が選ばれました。敢闘選手に贈られる久慈賞は、敗れた三菱重工長崎の伊藤大輔選手（外野手・指名打者）が受賞しました。最も応援が素晴らしいチームに贈られる小野賞は、スタンド一体となった応援が評価された倉敷市の三菱自動車水島に贈られました。また、将来を期待される若手選手に贈られる若獅子賞には、三菱自動車水島の斎賀慎一郎投手、ヤマハの辻竜太郎中堅手、松下電器の愛敬尚史投手が選ばれています。首位打者賞は、ヤマハの鈴木理男遊撃手が獲得しました。このほかにも、大会で特に活躍した選手たちが優秀選手として選出され、その功績が称えられました。

長年にわたり都市対抗野球の舞台で活躍を続けた選手たちへの10年連続出場表彰も行われました。応援団コンクールでは、最優秀応援団に優勝チームである東芝が選ばれ、グラウンド内外でのチームの結束力が高く評価されました。

時代の節目に立つ大会

第70回都市対抗野球大会は、NTTグループをはじめとする多くのチームが新たな体制へと移行する時代の節目に開催されました。休廃部を迎えるチーム、統合されるチームがある中で、選手たちは最後まで全力でプレーし、観客は熱狂的な声援を送りました。特に、カルロス・ゴーン氏による日産自動車野球部存続の表明は、当時の社会人野球界にとって希望の光となり、大会の歴史に深く刻まれました。これは単なる野球大会に留まらず、日本の社会人スポーツが直面する課題と可能性を象徴する大会となったと言えるでしょう。

もう一度検索