箒川鉄橋列車転落事故

箒川鉄橋列車転落事故：明治時代最悪の鉄道事故

1899年（明治32年）10月7日、東北本線の矢板駅 - 野崎駅間にある箒川鉄橋で、列車が突風にあおられ脱線、転落するという痛ましい事故が発生しました。この事故は、当時の最新技術であった鉄道が、自然の猛威の前には無力であることを示すとともに、多くの犠牲者を出した明治時代における最悪の列車事故として、深く歴史に刻まれています。

事故発生の背景

事故当時、東北本線は日本鉄道株式会社という私鉄が運営していました。1883年に上野 - 大宮間が開通後、北へと路線を延伸し、1891年に全線開通を果たしました。事故現場となった矢板駅 - 野崎駅間には、那珂川水系の一級河川である箒川が流れており、そこに架けられた全長約319メートルの箒川鉄橋が事故の舞台となりました。

この場所は、地形的に風の通り道になりやすく、特に冬季には強い季節風が吹き付けることで知られていました。事故当日は、台風が本州に接近しており、列車の運行にも影響が出ていました。

事故の瞬間

福島行きの第375列車が箒川鉄橋に差し掛かった時、突如として北西からの強風が列車を襲いました。機関士が後方を確認すると、無蓋貨車のシートが吹き飛ばされそうになり、続いて客車が大きく右に傾いたのです。急ブレーキをかけたものの、貨物緩急車の連結器が外れ、客車7両を含む計8両が、増水した川へと転落してしまいました。

転落した車両は激しく破損し、乗客は濁流にのまれるなど、悲惨な状況となりました。事故の一報は、通信網が発達していなかった当時、駅員や乗客が必死に奔走して伝えられました。

救助と復旧

事故発生後、直ちに救助活動が開始されました。近隣の病院や赤十字社、そして地元住民が協力し、救護班が編成され、現地へ急行しました。しかし、悪天候と増水により、救助活動は困難を極めました。上野駅からも救援列車が派遣され、医療品や毛布などが届けられました。

消防組も駆けつけましたが、激しい風雨のため橋を渡ることができず、縄やはしごを使って救助活動を行いました。夜を徹して行われた救助活動により、多くの負傷者が救出されましたが、多数の犠牲者が出てしまいました。

事故現場の復旧作業は迅速に進められ、翌日には試運転列車が走行し、本線は開通しました。その後、転落した車両の撤去作業が行われましたが、重機がない時代、全て人力で行われました。

事故後の対応と裁判

事故を受け、日本鉄道本社は遺族への補償を決定しましたが、その後の裁判では、会社の責任が問われることとなりました。代議士の菅野善右衛門は、暴風雨の中での運行や鉄橋の構造に問題があったとして、慰謝料を請求する訴訟を起こしました。

裁判は一審で菅野が勝訴したものの、控訴審では日本鉄道が逆転勝訴。最終的には菅野の敗訴となりました。しかし、この裁判をきっかけに、他の遺族や負傷者も慰謝料請求訴訟を起こし、その数は36名に及びました。

慰霊と教訓

事故後、地元住民や鉄道関係者によって慰霊碑が建立され、犠牲者の冥福が祈られました。事故から33年後の1931年には、下野史談会によって新たな慰霊碑が建立され、事故の記憶が語り継がれました。

この事故は、鉄道の安全運行に対する意識を高める契機となり、その教訓は後の鉄道事故防止に活かされることとなりました。また、自然災害に対する備えの重要性も改めて認識されることとなりました。

現在、箒川鉄橋の近くには慰霊碑が建立されており、事故の犠牲者を偲ぶとともに、安全への誓いを新たにする場所となっています。

参考文献

網谷りょういち 『日本の鉄道碑』日本経済評論社、2005年。ISBN 4-8188-1759-7
佐々木冨泰・網谷りょういち 『続 事故の鉄道史』 日本経済評論社、1995年。ISBN 4-8188-0819-9

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