管理者 (ウィキペディア)

ウィキペディアにおける管理者

ウィキペディアにおける管理者とは、インターネット百科事典であるウィキペディアにおいて、コミュニティによる申請・選考プロセスを経て信任され、特別な権限が付与された利用者を指す。一般的な利用者が持つ編集権限に加え、記事の削除や保護、利用者のブロックといった、プロジェクトの維持管理に必要な機能を使用することができる。

現在のウィキペディア日本語版には約40名の管理者がおり、最も歴史の長い英語版ウィキペディアには800名を超える管理者が存在する（人数は変動する）。

役割と権限

管理者の基本的な役割は、ウィキペディアに関わる全ての利用者によって形成された合意事項や決定事項を、実際にシステム上で実行に移すことにある。管理者権限を持つ利用者は、この目的を果たすために以下のような特定の機能を行使できる。

ウィキペディアの品質基準を満たさない記事や、存続が不適切と判断された記事をシステム上から抹消すること。
編集合戦や荒らし行為が頻繁に発生するページに対し、一時的に特定の利用者以外が編集できないように制限をかけること（ページ保護）。
* 利用規約や方針に違反する破壊的な編集行為を繰り返す利用者に対し、投稿や編集を一定期間または無期限に停止させること（利用者ブロック）。

これらの機能の行使には、管理者の裁量判断が求められる場面も少なくない。しかし、権限の使用は管理者自身の判断のみに基づくものではなく、ウィキペディア内部で定められた各種の方針や、利用者間の議論によって形成されたコミュニティの合意に厳格に従って行われなければならない。例えば、利用者のブロックを行う際には、該当する方針への適合性が前提であり、ブロックの理由とその根拠をシステム上に記録として残すことが義務付けられている。

一方、通常の記事の内容編集作業や、ウィキペディアのルールとなる方針・ガイドラインの策定や改訂といった場面においては、管理者と一般利用者は全く同等の立場であり、管理者が特別な義務や権限を持つわけではない。管理者権限はあくまでプロジェクトの技術的な維持管理を担うためのツールであり、これを自身の編集上の優位性や「強み」として利用することは適切ではないと考えられている。英語版ウィキペディアでは、管理者になることは「モップを与えられる」ことに例えられ、新たな管理者にはその権限を冷静かつ慎重に使うよう促されることもある。この「モップ」の比喩は、管理者の役割が華々しいものではなく、むしろ地道な清掃作業に似ていることを示唆している。

名称による誤解

しかし、「管理者」という言葉の持つ一般的な意味合いが、ウィキペディアにおける実際の役割や権限の実態と乖離し、しばしば誤解を生んでいるという指摘がある。ウィキメディア財団の関係者からは、一般の利用者やマスメディアが管理者を編集上の権威や影響力と結びつけて捉えがちであること、それが管理者の役割に対する不正確な認識を広めているとの見解が示されている。財団は、管理者よりさらに限定的な権限を持つ「ビューロクラット」という利用者グループを作る際には、地位やステータスを連想させない言葉を選ぶよう意図的に配慮したという。

その一方で、管理者であるというステータスが、コミュニティに貢献する利用者への信頼の証として機能し、活動の重要な動機付けや心理的な報酬となっているという肯定的な見方も存在する。また、管理者の仕事が削除依頼への対応や荒らしへの対処など、恨みを買いやすく苦労が多い側面を持つことから、「もし逆に、ステータスでも何でもないということであれば、今度は好き好んで管理者をやろうという人も減ってしまうだろう」といった現実的な指摘もある。

管理者となるプロセス

ウィキペディアにおける管理者の選出方法は、その歴史の中で変化してきた。最初期の管理者は創設者によって直接任命されたが、その後はメーリングリストでの簡単な申請・承認プロセスを経て権限が付与されるようになった。初期の頃は明確な反対がなければ比較的容易に権限が得られたという。

しかし、現在はウィキペディアのプロジェクト内で管理者への立候補（Requests for adminship, RfA）という厳格な選考プロセスを経て管理者権限が付与されるシステムが確立している。原則として、該当するウィキで十分な活動実績を持つ登録利用者であれば誰でも立候補または他の利用者を推薦することができる。

現在の管理者の選考は、初期に比べると非常に厳格化しており、ある管理経験者からは「誰かを最高裁判所に呼び出すことに似ている」「まるでしごきの儀式」と形容されるほど難関になっているという。これは、選考プロセスそのものがコミュニティの大きな注目を集めるようになった結果とも言われ、「RfAマニア」と呼ばれるような、選考に参加することを主活動とする利用者層が現れる現象も報告されている。

管理者の選考は単なる多数決ではなく、コミュニティから信任された別の利用者グループであるビューロクラットが、候補者が適切な管理者となるかどうかの「合意が形成されたか」を判断するという仕組みになっている。

人数推移と研究

ウィキペディアの管理者の数については、時期によって議論がある。2006年頃には約1,000名いた英語版の管理者が「国際性豊か」と評されたが、2012年には新規管理者数および活動的な管理者数の減少傾向が報じられ、「管理者の枯渇」が懸念される状況が広く伝えられた。ただし、ウィキペディアの共同創設者であるジミー・ウェールズはこの見方を否定し、管理者の数は安定していると反論している。

ウィキペディアの管理者に関しては、科学的な研究も行われている。ある研究では、管理者に昇格した利用者が以前よりも論争的な記事に関与する傾向が強まることが示された。また、選考プロセスにおけるベテラン利用者の投票に重みを持たせることで、疑わしい候補者を見分ける効果が期待できるという分析もある。管理者立候補の成功を予測するモデルに関する研究も存在し、候補者の編集履歴を基に選考結果をある程度予測できる可能性が示唆されている。

これらの研究は、ウィキペディアの管理者という役割が、単なる技術的な権限の行使に留まらず、コミュニティ内の人間関係や活動の変化にも影響を与える複雑な存在であることを示唆している。

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