箱根心中

箱根心中

松本清張の短編小説『箱根心中』は、1956年に発表され、1959年に短編集『紙の牙』の一篇として収録されました。この作品は、男女の心理と運命を描いたもので、特に交通事故が引き金となる展開が特徴です。

あらすじ

物語は、中畑健吉という男性が銀座の職場で従妹の貴玖子からの電話を受けるところから始まります。彼らは軽い会話を交わしながらも、過去の思い出に浸る仲の良い従兄妹です。健吉は日常の煩わしさから解放されるために、貴玖子に日帰りで箱根への旅行を提案します。貴玖子はその誘いにやや投げやりに応じますが、彼女の表情には微かな反応が見え、健吉はそのことに心を惹かれます。

物語の背景には、貴玖子の夫である雄治の女遊びがあり、二人の間には不和が生まれつつあります。健吉は、貴玖子の結婚についての噂を耳にしたことがあり、二人の関係には微妙な緊張感が漂っています。健吉との旅行が、貴玖子にとってどのような意味を持つのか、彼自身も気づかぬうちに心が揺れ動きます。

健吉と貴玖子は、宮ノ下から木賀までの道を歩く中で、生命の危険を感じさせるような言葉を交わします。特に貴玖子が「ここから飛び込むと死ぬかしら」と言った瞬間、その言葉には彼女の心の奥底に潜む悩みや不安が表れています。

その後、二人はタクシーに乗りますが、突然、別のタクシーが衝突してきます。健吉は怪我を負い、物語は不穏な方向へ向かっていきます。彼らの運命を象徴するように、闇の中を走る登山電車が描かれ、東京とのつながりが断たれようとしているように感じさせます。

エピソード

著者の松本清張は、この作品におけるテーマとして、男女の情死に至る小さなきっかけをあげています。情死はしばしば深刻な追いつめられた感情や動機によるものと見なされがちですが、清張はそれが必ずしもそうではなく、面倒くささから生まれるものであると示唆します。

本作を通して、読者は男女の心の葛藤を目の当たりにします。国文学者の石川巧は、特に交通事故によって二人の運命が大きく変わる展開が、他の作品からの影響を受けたものであると指摘しています。喜玖子は、健吉との関係が進展する中で、自らの感情に負けてしまったのか、あるいは夫への復讐の一環として選択をしたのかを曖昧に示唆する形で描かれます。

このように『箱根心中』は、運命、情死、そして心理的な葛藤を通して、人生の難しさや人間関係の複雑さを浮き彫りにします。清張の作品は、単なる恋愛小説ではなく、深い洞察を提供する文学として、多くの読者に影響を与え続けています。

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