紫苑物語 (オペラ)

西村朗による全2幕のオペラ『紫苑物語』は、日本の現代作曲家、西村朗が創作した舞台芸術作品です。本作は、作家・石川淳の同名の短編小説を原作としており、古の日本の時代を背景に、人間と異界、そして宿命が織りなす神秘的な物語が展開されます。

作曲の経緯

このオペラが誕生するきっかけは、20世紀オペラ研究の権威である長木誠司からの示唆でした。長木は石川淳の小説「紫苑物語」をオペラの題材として有望視しており、西村にその一読を勧めました。小説を読んだ西村は、その内容が持つ多様な要素、すなわち謎めいた雰囲気、抽象的な深み、緊迫感あふれる劇的な展開、そして個性豊かな登場人物たちの魅力に強く惹きつけられました。短編ながらも凝縮度の高いこの作品は、オペラ化にふさわしい素材であると確信した西村は、以来、この構想を温め続けることとなります。やがて、新国立劇場が日本人作曲家に新作オペラを委嘱するシリーズを始動させるにあたり、指揮者の大野和士の主導のもと、その第一弾の作曲家として西村が選ばれました。これにより、『紫苑物語』のオペラ化は具体的に動き出したのです。大野は初演に向けて、作曲家と指揮者が密接に連携し、互いの創造性を高め合うような共同作業を望んだといいます。

初演

オペラ『紫苑物語』の世界初演は、2019年2月17日に、東京にある新国立劇場オペラパレスで行われました。この記念すべき初演の指揮は、作品誕生の契機の一つともなった大野和士が務め、東京都交響楽団が演奏を担当しました。演出は、国際的に活躍する演出家、笈田ヨシが手がけ、作品の神秘的な世界観を舞台上に創り上げました。

あらすじ

第1幕
物語の舞台は平安時代。国司である宗頼は、うつろ姫との婚礼の儀を執り行っていました。しかし、彼は歌道の家柄に生まれながら弓術を選んだことを父に咎められ、さらに母からは家柄こそ高いが素行に難があるうつろ姫との結婚を非難されるという、複雑な境遇にありました。宗頼はその後、武道の修行に励み、第一の矢である「知の矢」と、第二の矢である「殺の矢」を会得していきます。そして、彼が誰かを殺める度に、彼は「忘れな草」とも呼ばれる紫苑の花を植える習慣を持つようになります。一方、宗頼の家来である藤内は、主君の妻となったうつろ姫を利用してこの国を自らの支配下に置こうと、陰謀を巡らせていました。ある日、宗頼が狩りに出かけた際、彼は神秘的な魅力を放つ女性、千草と運命的な出会いを果たします。

第2幕
宗頼は千草に強く心を奪われますが、やがて彼女が月光を浴びた瞬間に、その正体が宗頼自身が過去に射た狐の化身であることが明らかとなります。千草が放つ妖術の影響を受けた宗頼は、弓の道における究極の境地ともいえる第三の矢、「魔の矢」の存在を悟ります。そして彼は、弓麻呂という人物をその魔の矢によって射殺してしまいます。その後、宗頼は「忘れ草」（紫苑）を求め、弓へと姿を変えた千草を伴って山へと分け入ります。その道のりで彼は、岩山に仏の顔を彫り続けている老翁、平太と出会います。時を同じくして、国に残った家来の藤内は、うつろ姫と結託し、国司の座を奪取するという野望を一層燃え上がらせていました。物語は、人間たちの欲望、異界の存在、そして主人公の宿命が複雑に絡み合いながら終末へと向かっていきます。

石川淳による原作の持つ、謎めいた抽象性と劇的な展開、そして濃密な登場人物たちのドラマは、西村朗の独特な音楽世界と融合し、観る者を平安時代の闇と光が交錯する世界へと誘います。

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