組み込み自己診断

組み込み自己診断 (BIST)

組み込み自己診断（BIST: Built-in Self-Test または Built-in Test）は、自己診断機能（Self-diagnosis function）とも呼ばれ、システムや機器が外部の特別な装置を使わずに、自分自身の機能や状態を検査できる機構を指します。

この機能が開発・導入される主な目的は、システムの信頼性を高め、万が一故障が発生した場合にその箇所を素早く特定し、修理にかかる時間（修理サイクルタイム）を短縮することにあります。また、システムが高度化・複雑化するにつれて、外部からのテストが困難になったり、製造時のテストにかかる費用が増大したりするといった課題に対処するためにもBISTは重要です。具体的には、外部テスト機器への依存を減らし、テストにかかる期間を短縮し、テストを行う際の複雑な配線や設定（テスト/プローブセットアップ）を簡素化することで、全体的なコスト削減に大きく貢献します。

BISTの考え方は、特に集積回路（IC）のテスト効率化から発展しました。IC内部に疑似乱数発生器（PRNG）や巡回冗長検査（CRC）といった機能を組み込み、IC内の状態を保持するレジスタ群をスキャンチェインとして接続します。これにより、ランダムな入力を与えた後のレジスタ群の状態や、それに続く組み合わせ論理の出力から生成されるCRC署名が、正常であれば特定の期待値と一致するかどうかを検証します。この期待値との比較は、通常、JTAG (IEEE 1149.1) のような標準インターフェースを通じて行われ、IC自身の機能で自己診断を可能にします。

BISTは、その有効性から様々な分野で広く活用されています。

自動車: 安全性と信頼性の向上に不可欠です。多くの車種では、アンチロック・ブレーキ・システム（ABS）などが一定間隔で自己診断を行い、異常があれば従来のブレーキシステムに切り替えるといった対応をとります。また、センサーや配線に故障が発生した場合でも最低限の動作を維持するための「リンプモード（Limp mode）」は、エンジン制御やドアスイッチの異常検出と警告灯の点灯などに応用されています。

航空: ほぼ全ての航空電子機器に搭載されています。故障した機器（ライン交換ユニット）を迅速に特定し、地上での修理時間を最小限に抑えることで、運行効率を高めます。飛行中に障害が発生した場合も、BISTによって診断を行い、正常な代替システムへ自動的に切り替えることで安全性を維持します。重要度の低いシステムでは、一部の機能を制限して動作を続けるリンプモードが用いられることもあります。

医療機器: 継続的な安全性を保証するために自己検査を行います。電源投入時にシステム全体の詳細なテスト（パワーオンセルフテスト: POST）を実行し、その後は機器の安全性が維持されているかを確認する定期的なテストを行います。特に重要な機能については、定められた「安全間隔」ごとに必ず自己テストが行われます。

兵器: 初期の例としては、米国のミニットマンミサイルに搭載されたコンピュータ制御のBISTがあります。テストのために外部ケーブルやコネクタが不要となり、システム全体の軽量化に貢献しました。常設された自己診断機能を持つ主要ウェポンシステムの先駆けの一つです。

集積回路製造: IC製造におけるテスト工程を効率化し、時間とコストを削減します。IC自体にテスト機能を内蔵させることで、外部の高価なテスターへの依存を減らせます。また、一部の高度なシステムでは、顧客側が組み込み後の機能検証にBIST機構を利用することもあります。これは、パーソナルコンピュータが起動時にメモリなどを自己診断するPOSTに似ています。

コンピュータ: パーソナルコンピュータは起動時にPOSTを実行して主要なコンポーネントをチェックします。組み込みシステムを含む現代の多くのコンピュータは、ハードウェアだけでなく、メモリやソフトウェアの自己診断機能も備えています。

* 無人システム: 遠隔地に設置される無人システムでは、メンテナンスが必要か、あるいは異常が発生していないかを知るために自己診断が不可欠です。温度、湿度、通信状態、電源、さらには盗難検知といった様々な項目をテストします。特に、電話回線の集線装置のような遠隔通信システムでは、データパターンの存在を確認するフレーム同期テストや、送信・受信機能を検証するためのループバックテスト（物理的またはソフトウェアによる）が継続的に行われます。通信途絶や異常動作時には、リモートコンピュータを自動的に再起動するリセット機能も重要な自己回復機能です。

BISTには、その対象や実行方法に応じて、プログラム可能型（pBIST）、メモリー型（mBIST）、論理型（LBIST）、アナログ/混合信号型（AMBIST）、連続型（CBIST）、イベント駆動型、定期実行型（P-BIT）、割り込み駆動型（IBIST）、パワーアップ時実行型（PupBIST）など、様々な特殊なバージョンが存在します。

このように、BISTは今日の複雑で信頼性が求められる様々な機器やシステムにおいて、その健全性を確保し、運用コストを抑制するための基盤技術となっています。

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