結紮

結紮（けっさつ）

概要

結紮（けっさつ、英: ligation）とは、医学分野、特に外科手術をはじめとする各種医療処置において用いられる、身体の組織や挿入された医療機器などを縫合糸などで固定する技術を指します。「結び、からげる」といった字義的な意味合いとは異なり、医療現場では特定の専門的な手技を意味します。

この技術は、手術中の細やかな操作から、ベッドサイドでの中心静脈カテーテルやドレーンの確実な固定に至るまで不可欠です。そのため、外科医だけでなく、内科系医師を含めた全ての医療従事者にとって、習得すべき基本的な手技の一つとされています。

目的

結紮は、手術中の血管や神経の処理、組織の縫合、あるいは出血のコントロール（止血）など、多岐にわたる場面でその役割を果たします。具体的には、血管や尿管といった管状の構造を持つ臓器、あるいは体内に留置されるチューブ状の医療機器（ドレーン、カテーテル）などを、適切な強さで縛り付けることで、その機能を調節したり、位置を固定したりします。

その主要な目的は以下の通りです。

外傷などによって離断された組織の断端同士を引き寄せ、修復を促進するための固定（例：創部の縫合）。
血管や輸卵管などの管腔構造を持つ組織を周囲から縛り、内部の流れを完全に遮断する（例：止血のための血管結紮、避妊を目的とした卵管結紮術）。
組織の一部を縛り上げて血流を断ち、その部分を壊死させて自然に脱落させることを促す（例：食道静脈瘤に対する内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)、痔核のマックギブニー法）。
ヘルニア門のように開大した部分の組織を縛り寄せて閉鎖する（例：高位結紮術(high ligation)）。

手術中に血管を切断する必要がある場合を例にとると、まずペアンなどの鉗子で血管を挟み、血流を一時的に遮断します。次に、鉗子からわずかに離れた位置で血管を縫合糸でしっかりと結紮します。最後に、鉗子と結紮した部分の間を切断することで、安全かつ確実に出血を最小限に抑えながら血管を処理することが可能となります。この結紮は、術者の意思で締めたり緩めたりできるターニケット（駆血帯など）とは異なり、一度結ぶと容易に解けない固定を目的としています。

方法

結紮は、用いる結び目の種類や、手技を行う方法によっていくつかの技法に分類されます。

結び目の種類による分類

半結び (Simple knot / Overhand knot): 縫合糸を一度だけ交差させて作る最も単純な結び目です。結紮の基本的な単位であり、他の全ての結び目は半結びの組み合わせによって構成されます。しかし、これ単独では強度が不足し、緩みやすいため、通常は複数の半結びを組み合わせて使用します。
男結び (Square knot / Reef knot): 最初に作った半結びとは逆向きにもう一度半結びを重ねて作る結び方です。結び目がしっかりと固定され、非常にほどけにくい特性を持ちます。止血など、確実に結紮を行う必要のある場面で最も頻繁に用いられる標準的な結び方です。
女結び (Granny knot): 最初と同じ向きに半結びを重ねて作る結び方です。男結びに比べて素早く結べますが、固定力が弱く、緩みやすい欠点があります。ただし、結び終えた後でもさらに締め付けを加えることができるため、状況に応じて有用な場合もあり、その際には確実な固定のために3度目の結紮を加えることが推奨されます。
外科結び (Surgeon's knot / Friction knot): 男結びの最初の半結びを作る際に、糸を二重に巻きつけて摩擦を大きくしてから結ぶ方法です。この工夫により、最初の結び目が緩みにくくなるため、二度目の結紮を行う際に最初の結び目を指などで押さえておく（ロックする）必要がないという利点があります。強い張力がかかる組織の縫合などに適していますが、結び目がやや大きくなるという特徴もあります。

手技の種類による分類

両手結び (Two-hand technique): 縫合糸を両手で操作して結紮を行う基本的な方法です。糸を左右均等に、かつ確実に締め付けることができ、結び目がずれにくいという利点があります。ただし、両手をスムーズに動かすための十分な空間と視野が必要であり、比較的動作が大きく、糸の消費も多くなる傾向があります。
片手結び (One-hand technique): 片方の手で結紮の軸となる糸を固定し、もう一方の手の指のみを使って結び目を作る方法です。片手が自由に動かせない状況や、狭い空間での結紮に適しています。習熟すれば両手結びよりも素早く行うことが可能ですが、結び目がずれないように細心の注意を払う必要があります。糸の消費は両手結びより少なくて済みます。片手結びには、結び目のループに中指を通す方法と、示指でループを作りそのまま糸を通す方法があり、これらを交互に使うことで男結びを完成させます。示指を使う方法はやや難易度が高いですが、糸を持ち替えられない状況下で男結びを行うためには必須の技術です。応用として、両手が使える状況でこれらの片手結びの動きを左右の手で組み合わせることで、外科結びをより効率的に行うこともできます。
器械結び (Instrument tie): 手の代わりに鉗子や持針器といった手術器械を用いて結紮を行う方法です。狭い手術野や深い部位での結紮に特に有効であり、糸を把持するための指の動作が少なくて済むため、糸の消費も最も少ないという利点があります。しかし、器械で糸を挟む際に糸が損傷する可能性や、締め付けの微妙な感触が指先に伝わりにくいため、特に重要な血管などの結紮には注意が必要です。
深部結紮 (Deep tie): 手元で結び目を作り、それを指や専用の器械（ノットプッシャー）を使って結紮したい深い位置まで押し下げて固定する方法です。比較的難易度が高い技術ですが、深い体腔内で結紮点そのものを操作することが困難な場合に必要とされます。
* 鏡視下結紮 (Endoscopic tie): 内視鏡を用いた手術（腹腔鏡手術など）において行われる結紮です。専用の内視鏡用鉗子を使用して、モニター画面を見ながら操作を行います。

結紮の回数

通常は、組織を一度だけ結紮する単結紮で十分な固定が得られます。

しかし、大口径の動脈など強い血圧がかかる血管や、硬くて滑りやすい組織を対象とする場合は、単結紮では結び目が緩んだり外れたりするリスクがあります。このような状況では、同じ部位を複数回（二重、三重など）結紮する多重結紮が行われ、より確実な固定を目指します。

まとめ

結紮技術は、単純でありながらも医療処置の安全性と確実性を支える基盤となる技術です。その適切な実施は、手術の成功や患者の予後に直接関わるため、医師を含む医療従事者には、状況に応じて適切な結び目や手技を選択し、正確に行う能力が求められます。

もう一度検索