絵画論 (レオナルド)

レオナルド・ダ・ヴィンチ『絵画論』：科学としての絵画と歴史的発見

レオナルド・ダ・ヴィンチの『絵画論』（Trattato della pittura）は、単なる絵画技法解説書ではなく、絵画を科学的な探求対象として捉えた画期的な論文です。ミラノでルドヴィーコ・スフォルツァ公に仕えていた1482年から1499年頃、レオナルドは自身の観察や考察をノートに書き留め始めました。晩年まで書き続けられたこれらのノートは、その後、彼の弟子であり相続人でもあったフランチェスコ・メルツィによってまとめられました。

科学としての絵画

『絵画論』の中心的な目的は、絵画を科学の一分野として位置付けることにあります。レオナルドは、精密な観察に基づいた写実的な表現を追求し、光と影、遠近法といった視覚現象を科学的に分析しました。彼の鋭い洞察力は、笑いと涙の表情に関する比較論に見られます。彼は、両者の違いを「眉の動き」に求めており、涙では眉間にしわが寄るのに対し、笑では眉がより高く上がることを指摘しています。これは、単なる感情描写にとどまらず、人間の表情を解剖学的に分析しようとした試みと言えるでしょう。

歴史的経緯と出版

レオナルドの死後、メルツィは膨大なノートの中から『絵画論』となる文章を選別、編集する作業に挑みました。しかし、レオナルド独特の筆記体や、対象の広さから、この作業は容易ではありませんでした。メルツィは18冊のノート（うち3分の2は現存しない）から文章を収集し、この貴重な著作を後世に残そうと尽力しました。1632年にフランスで最初の版が出版された後、メルツィ版がバチカン図書館で再発見され、1817年に現在知られる形での出版に至りました。この過程には、アルベルティやチェンニーニといった先人たちの著作からの引用も含まれており、レオナルド自身の知識と思想が、過去の知見を踏まえて構築されたものであることがうかがえます。

マックス・エルンストと「耐えがたい視覚的強迫観念」

20世紀のシュルレアリスム画家マックス・エルンストは、1937年の『カイエ・ダール』誌への寄稿で、『絵画論』における壁の染みの研究についてのレオナルドの助言が、自身の芸術活動に大きな影響を与えたと述べています。レオナルドの観察眼が、エルンストに「耐えがたい視覚的強迫観念」を与えたというこの記述は、レオナルドの思考の深遠さと、それが後の芸術家にもたらした影響を示唆しています。

『絵画論』の所蔵

『絵画論』の全エディションは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のエルマー・ベルト・ダ・ヴィンチ図書館に所蔵されています。これは、レオナルド研究にとって貴重な資料であり、世界中の研究者にとって重要なアーカイブとなっています。

まとめ

『絵画論』は、レオナルド・ダ・ヴィンチの多様な才能と、彼が絵画に注いだ科学的な探求心を見事に示した作品です。絵画技法に関する具体的な解説だけでなく、絵画の本質、人間の知覚、そして科学と芸術の融合について、レオナルド独自の鋭い視点が示されており、現代においてもその価値は色褪せることがありません。その歴史的経緯や、現代芸術家への影響も含め、今後も研究が続けられる重要な著作と言えるでしょう。

もう一度検索