総統命令

総統命令とは

総統命令（ドイツ語: Führererlass または Führerverordnung）は、ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーによって発令された特別な命令形式です。これは、単なる指示（ドイツ語: Führerbefehl）や軍事指令（ドイツ語: Führerweisung）とは異なり、法的な効力を持つものでした。総統令や指導者命令とも訳されます。

総統命令の成立

1934年8月2日、ヒンデンブルク大統領の死後、ヒトラーは「国家元首に関する法律」に基づき、国家元首の権能を掌握しました。その翌日、ヒトラーは同法の施行令を発布しましたが、これは従来の法令とは異なり、法的根拠の明示や大臣の副署を欠く異例のものでした。このような形式は、1936年3月7日の「ライヒ国会解散及び新選挙実施に関する指導者兼首相命令」などでも見られ、従来のドイツ国大統領令とは明らかに異なるものでした。

総統命令は、ヒトラー個人の人格と権威に基づくものであり、従来の法体系とは全く異なる性質を持っていました。総統官邸長官のハンス・ハインリヒ・ラマースは、総統命令の発令には関係大臣の同意は不要で、ヒトラーの意志のみで成立すると証言しています。しかし、すべての総統命令がヒトラーの意志だけで成立したわけではなく、1942年7月28日の『保健・衛生制度に関する総統命令』のように、事前に担当者が草案を作成し、ヒトラーの署名を得たものも存在します。

総統命令の影響

総統命令の出現は、従来の法律の優位性を完全に覆し、総統命令によって法律の改廃が行われるようになりました。第二次世界大戦開戦後は、政府による立法が減少し、総統命令が重要な立法手段となりました。

主要な総統命令

以下に、主要な総統命令の例を挙げます。

『四カ年計画施行令』 (1936年10月18日): 新四カ年計画の開始とヘルマン・ゲーリングを責任者に任命する命令。
『国防軍の指導に関する命令』 (1938年2月4日): 国防軍最高司令部の設置と国防省および国防大臣の廃止、最高指揮権をヒトラーが掌握する命令。
『国防最高評議会の組織に関する指導者命令』 (1939年8月30日): 国防最高評議会の設置を定めた命令。
『ライヒおよび占領地における軍に対する犯罪の訴追のための規則』 (1941年12月7日): 治安妨害者に対する措置を定めた命令。通称「夜と霧の布告」。
『政府立法に関する指導者命令』 (1943年): 全権委任法の時限措置を事実上撤廃する命令。

まとめ

総統命令は、ナチス・ドイツにおけるヒトラーの絶対的な権力を象徴するものでした。従来の法体系を無視し、ヒトラー個人の意志によって法が制定・変更されるという、異例の事態を生み出しました。この総統命令の存在は、ナチス・ドイツの特異な政治体制を理解する上で重要な要素となっています。

参考文献

南利明「指導者-国家-憲法体制における立法(一)」『静岡大学法政研究』第8巻第1号、静岡大学、2003年10月、69-129頁, NAID 110007522689。

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