羊飼いの礼拝 (カラヴァッジョ)

カラヴァッジョ『羊飼いの礼拝』：簡素な情景に宿る深い瞑想

カラヴァッジョによる『羊飼いの礼拝』（または『降誕』）は、17世紀イタリア・バロック期を代表する作品です。1609年にシチリア島メッシーナの教会のために描かれましたが、教会の崩壊により現在はメッシーナ州立美術館に所蔵されています。この作品は、カラヴァッジョがメッシーナで描いた『ラザロの復活』の名声により、メッシーナの元老院から高額で依頼されたものです。

聖書の物語と絵画の伝統

『新約聖書』には、イエス・キリストの誕生を祝う人々として、東方三博士と羊飼いが登場します。東方三博士の礼拝は初期キリスト教時代から描かれていましたが、羊飼いの礼拝が描かれるようになったのは15世紀末頃からです。カラヴァッジョがこの主題を選んだのは、依頼主である教会の名前が「懐妊の聖母」を意味していたことが理由として挙げられます。

当時メッシーナでは、ポリドーロ・ダ・カラヴァッジョの『羊飼いの礼拝』が知られていました。ポリドーロの作品は伝統的な描写が多く、東方三博士の捧げ物にならった子羊、救世主の誕生を祝う天使、旧約聖書の終焉を示す廃墟などが描かれています。また、遠景には東方三博士の姿も見えます。

カラヴァッジョ独自の解釈

それに対して、カラヴァッジョは「ルカによる福音書」にある記述にのみ従い、簡素な情景を描いています。馬小屋では、聖母マリアが飼い葉桶に寄りかかりながら幼子イエスを抱いています。画面右端には聖ヨセフがおり、光輪が彼らを示しています。また、3人の羊飼いが聖母子を見つめ、その中の一人が手を合わせている様子が描かれています。画面左下にはパン、ヨセフの道具、布地が描かれています。このような簡素な表現は、それまでの宗教画には見られないものでした。

カラヴァッジョは、最小限の登場人物で物語の核心を描く手法を用いましたが、それは本作でも変わりません。地面に座る聖母の姿は、「謙遜の聖母」という図像の伝統を念頭に置いていると考えられます。この作品は、フランシスコ会の清貧の精神に回帰しようとするカプチン修道会のために描かれました。降誕を描いた他の作品では喜びが表現されることが多いですが、この作品では羊飼いたちが幼子イエスの誕生の意味を瞑想する姿が描かれており、カプチン会の美学に合致しています。

作品の変遷

この作品は当初、現在よりも10～20センチほど高さがありましたが、カプチン会的な木の額縁に合わせるために上部が切断されました。現在の彫刻と金鍍金が施された額縁は1923年に取り付けられたものです。

まとめ

カラヴァッジョの『羊飼いの礼拝』は、聖書の物語を独自の解釈で表現した作品です。簡素な情景描写と人物配置により、降誕の場面を瞑想的に捉えています。この作品は、カプチン会の清貧の精神を反映しており、カラヴァッジョの宗教画における革新性を示す重要な作品と言えるでしょう。

参考資料

石鍋真澄『カラヴァッジョ　ほんとうはどんな画家だったのか』、平凡社、2022年
宮下規久郎『カラヴァッジョへの旅　天才画家の光と闇』、角川選書、2007年
大島力『名画で読み解く「聖書」』、世界文化社、2013年
メッシーナ州立美術館公式サイト
* Web Gallery of Artサイト

もう一度検索