羊飼いの礼拝 (ヨルダーンス)

ヤーコプ・ヨルダーンスが1616年頃に制作した油彩画『羊飼いの礼拝』は、新約聖書の「ルカによる福音書」に記された、羊飼いたちが生まれたばかりのイエス・キリストを礼拝する場面を描いています。この主題はキリスト教美術で頻繁に取り上げられていますが、ヨルダーンスは自身の作風を活かし、民衆的で世俗的な、田舎の雰囲気に満ちた情景として描きました。この作品は1979年に購入されて以来、アントウェルペン王立美術館に所蔵されています。

この絵画は、人物たちを強い光で照らし出す、劇的な明暗の対比が特徴的です。この技法は、イタリア・バロック絵画の巨匠であるカラヴァッジョが発展させたもので、アブラハム・ヤンセンスやピーテル・パウル・ルーベンスを通じて、ヨルダーンスが活動したアントウェルペンに伝わりました。夜を舞台とする「羊飼いの礼拝」は、ヨルダーンスにとって明暗対比の効果を最大限に活かせる格好の題材でした。ちなみに、1609年にルーベンスが描いた同主題の作品は、ヨルダーンスの本作に大きな影響を与えたと考えられています。

物語の場面は、ベツレヘムでイエスが誕生した夜、寝ずに見張りをしていた羊飼いたちが、天使からイエスの誕生を知らされ、聖母マリアと聖ヨセフ、そして飼い葉桶に寝かされた幼子イエスの元へやってきた場面です。画面には、幼子イエスを一目見ようと、羊飼いたちがひしめき合っています。彼らは、右側の女性が持つロウソクの光によって照らされ、さらに背後の暗闇にいる聖ヨセフが持つランプ、そして画面上部右側に見える夜明けの光が、画面に複雑な光の効果を生み出しています。

この作品の特徴の一つとして、マリアの乳房が強調して描かれている点が挙げられます。彼女は、左手で乳房を押さえながら、親指をしゃぶっているイエスの方へ近づけようとしています。15世紀のネーデルラント絵画には、このような身振りの「授乳の聖母」の図像が見られますが、本作のように現実的な授乳を想起させるように描かれることはありませんでした。このような日常的な現実感を打ち出すことは、ヨルダーンスの絵画の大きな特徴です。

さらに、画面には、前景右側で跳ねる犬、左の女性が出産祝いとして持ってきた2羽の鶏、イエスが寝ている飼い葉桶の麦わらなどが描かれ、情景の日常的な現実感を高めています。しかし、これらのモチーフには、将来のイエスを暗示する象徴的な意味も込められています。鶏は、聖ペテロが鶏が2度鳴くまでにイエスを3度知らないと言うこと（「マルコによる福音書」14:66-72）を、麦わらは聖餐の秘蹟におけるイエスの体となるパンを想起させるのです。

なお、ニューヨークのメトロポリタン美術館には、本作より少し前の1616年に描かれた『羊飼いの礼拝』が所蔵されています。この作品も、ロウソクと火を起こした炭による人工的な光源を用い、劇的な明暗法を特徴としています。ヨルダーンスは他にも、1617年頃と1618年頃にそれぞれ描いた『羊飼いの礼拝』を、現在グルノーブル美術館とマウリッツハイス美術館に所蔵されています。

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