老公 (松本清張)

短編小説『老公』の概要

松本清張の短編小説『老公』は、文化的背景を持つ緻密な歴史ミステリーです。本作は1990年から1991年にかけて『文藝春秋』に掲載され、1991年8月に短編集『草の径』の一部として刊行されました。物語は、著者の知人である運転手の息子との友情を通じて展開されていきます。

あらすじ

舞台は神田の古書会館。主人公は『西園寺公爵警備沿革史』の入手に成功し、その内容に興味を持ちます。特に、警備主任であった梅川伍郎警部の記述に注目し、運転手である高木善七が失脚した経緯について疑問を抱くのです。善七の息子である善一と主人公は友達であり、善一から父の不遇な境遇を聞かされます。善七は立命館大学の学長の専属運転手をしていましたが、中川小十郎の指示により解雇され、その後生涯を怒りの中で過ごしました。

善一は父の解雇理由を探りたかったものの、解決を見ないまま亡くなってしまいました。主人公は、高木運転手の解雇が坐漁荘の警備主任の失脚に関連していると推測し、梅川が誰から疎まれたのかを探ります。興津園芸試験場長である熊谷八十三の存在に興味を持ち、彼の日記から手がかりを得ようとします。

熊谷の日記には、女中たちの無断外出についての記録があり、梅川警備主任が中川に報告したことが記されています。この件に対する中川の反応は異常で、女中がただの一般的な存在ではないことを示唆しています。さらに、北尾市太郎という人物が登場し、彼が何故問題視されているのかにも触れられます。

エピソード

本作の制作背景には、著者の担当編集者である藤井康栄の存在があります。彼は、清張が昭和史をテーマにした連載の際に得た資料を元に、『老公』を執筆したと語っています。清張の関心を引くため、藤井は一定時期のメモをリスト化して清張に提示し、興津を取材しました。その成果として、物語の舞台である坐漁荘の詳細な図面を入手し、著者はその情報を元に執筆を進め、物語は次第に形を成していきました。

奈良岡聰智という歴史学者は、本作が既存の文献に対するユニークなアプローチを持つことを指摘しています。歴史的な事実に基づいており、清張の謎解き能力が光る作品です。特に、彼の歴史研究が力強く示されており、実際の歴史事件とフィクションの境界を巧みに曖昧にしています。

結論

『老公』は、松本清張が歴史、謎解き、人物描写を融合させ、作品に深みを与えた類稀な短編小説です。物語は単なるフィクションではなく、特定の歴史的背景を持つ事実に紐づいており、相互に影響を与え合っています。これにより読者は、清張の作品を通じて歴史の一部を垣間見ることができるのです。この小説は、清張の魅力的な書き方を感じられる一冊とも言えるでしょう。

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