聖チェチリア (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンス作『聖チェチリア』

作品概要

『聖チェチリア』（独: Die Heilige Cäcilie、英: St. Cecilia）は、フランドル・バロックの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1639年から1640年頃に制作した油彩画です。ルーベンスが亡くなった1640年に、彼のアトリエに残されていた約300点の絵画の一つであり、画家が個人的に制作した最後の作品の一つとされています。この作品は、音楽とオルガンの守護聖女である聖チェチリアを描いていますが、モデルはルーベンスが1630年に結婚した2番目の妻、エレーヌ・フールマンです。現在は、ベルリンの絵画館に所蔵されています。

歴史的背景

この絵画は、ルーベンスの遺産を管理したヤーコプ・ファン・オフェムへの感謝の証として、ルーベンスの死後、オフェムの家族に贈られました。その後、作品がパリに移された際、若いアントワーヌ・ヴァトーがこの絵を見て、クレヨンによるスケッチを制作したという記録が残っています。フリードリヒ大王の時代には、『アンドロメダを解放するペルセウス』と共にサンスーシ宮殿の絵画ギャラリーに展示され、1829年から1830年にかけてベルリン絵画館に収蔵されました。

作品の詳細

聖チェチリアは、3世紀の古代ローマ時代に生きた若い女性で、神に身を捧げました。彼女は、結婚したワレリアンをキリスト教に改宗させ、純潔を保った結婚生活を送ったとされています。伝説によると、二人はともに殉教しました。後世には音楽に深い関わりがあったとされ、中世に流行したオルガンとともに描かれることが多いです。

本作は、ルーベンスが描いた聖チェチリアの絵画の中で唯一の大作です。チェチリアは石の腰掛けに座り、ヴァージナルを奏でています。彼女は、天を見上げながら聖なる音に耳を傾け、その表情は恍惚としています。指はほとんど鍵盤に触れておらず、右足は靴から脱げかけています。周囲には、音楽の天上の響きに恍惚とする智天使たちが描かれています。この場面は、豪華な邸宅の内部が舞台であり、左側の窓からは太陽の光が差し込むフランドルの広大な風景が見えます。画面右端には、チェチリアの揺るぎない信仰を象徴する巨大な柱がそびえ立っています。足元で眠る犬は、夫婦間の忠誠の象徴と解釈できます。

ルーベンスは、非物質的な音を、そして音がどのように生まれるかを描写しようと試みています。鑑賞者は、絵画の色彩の豊かさを音の響きと結びつけ、ルーベンスは無数の陰影と微妙なニュアンスを用いて、画面全体を一種の感覚的な陶酔へと導いています。

この絵画は、ルーベンスが長い時間をかけて制作したものであり、画面上には多くの描き直しが見られます。当初は半身像として描かれていたチェチリアは、最終的に全身像になるよう画面が下方へ拡大されました。これにより、画面全体は7枚の板で構成されることとなりました。拡大に伴い、細部や天使の人物像が左右に追加されました。

まとめ

ルーベンスの『聖チェチリア』は、聖女の敬虔な姿を描きつつ、音楽の持つ神秘的な力を表現した傑作です。ルーベンスの妻をモデルにしたという点も、この作品に特別な魅力を与えています。ベルリン絵画館に所蔵されており、多くの人々を魅了し続けています。

参考資料

有川治男・重延浩・高草茂編集『NHK ベルリン美術館1 ヨーロッパ美術の精華』、角川書店、1993年
岡田温司監修『「聖書」と「神話」の象徴図鑑』、ナツメ社、2011年
ベルリン絵画館公式サイト
Gallery of Artサイト

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