聖ペテロの否認 (カラヴァッジョ)

カラヴァッジョ『聖ペテロの否認』：光と影で描く人間の弱さ

『聖ペテロの否認』は、17世紀のイタリア・バロックを代表する画家、ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョが1610年に描いた油彩作品です。生涯最後の数ヶ月に制作されたこの絵画は、その様式や技法において、同じく晩年の作品である『聖ウルスラの殉教』と共通点が見られます。現在はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されており、多くの人々を魅了し続けています。

物語の場面

この絵画は、新約聖書に記された聖ペテロがキリストを否認する場面を描いています。イエス・キリストが捕らえられ、尋問を受けている間、ペテロは中庭で火にあたっていました。そこで女中に「あなたもイエスと一緒にいた」と指摘されます。ペテロは捕まることを恐れ、それを否定。その後も二度、同様の指摘を受け、その度に否定します。その時、鶏が鳴き、ペテロはキリストの「鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう」という予言を思い出し、激しく泣き崩れるのです。

作品の特徴

カラヴァッジョは、この劇的な瞬間を、素早く荒々しい筆致で描き出しています。登場人物はペテロ、女中、そして群衆を代表する兵士の3人に絞られ、それぞれの表情や仕草が、物語の緊迫感を高めています。

人物配置：3人の人物は画面いっぱいにクローズアップされ、観る者に迫りくるようです。女中はペテロを指差し、兵士の方を振り返り、ペテロを告発しています。その表情は、カラヴァッジョ晩年の様式の特徴である、生々しい感情が表れています。
光と影の対比：画面全体は暗い色調で統一されていますが、女中とペテロには光が当てられ、ドラマチックな効果を生み出しています。この光は、単に場面を照らすだけでなく、象徴的な意味合いも持っていると考えられています。
* ペテロの心情：ペテロは両手を胸に当て、自らを指し示しています。その表情は、否認という行為に対する後悔や苦悩を表しているかのようです。カラヴァッジョは、聖ペテロの否認という主題を通して、人間の弱さや脆さを表現しようとしたのかもしれません。

絵画の来歴

『聖ペテロの否認』は、完成後、様々な人々の手を経て、現在に至っています。興味深いことに、一時グイド・レーニが所有していたことが判明しています。レーニは版画家ルカ・チャンベルラーノへの報酬として、この絵画を受け取ったとされています。

その後、絵画はサヴェッリ家の枢機卿パオロ・サヴェッリの手に渡り、17世紀中頃までサヴェッリ家のコレクションとして記録されていました。しかし、その後、絵画は歴史の闇に消えてしまいます。

第二次世界大戦後、ナポリの美術市場でコレクターのヴィンチェンツォ・インパラート・カラッチョーロが絵画を購入。修復家のピーコ・チェッリーニによる修復を経て、再び日の目を見ることになりました。美術史家のロベルト・ロンギは当初、バルトロメオ・マンフレーディの作品としていましたが、修復後にカラヴァッジョの真作と認めています。

1964年、絵画はスイスに持ち出され、売却された後、最終的にメトロポリタン美術館に収蔵されました。しかし、イタリア国外への持ち出しは違法であるとの指摘もあり、絵画の返還を求める声も上がっています。

『聖ペテロの否認』は、カラヴァッジョの卓越した技法と人間洞察が凝縮された傑作です。光と影のコントラスト、人物の感情豊かな表情、そして聖書の物語をドラマチックに表現したこの作品は、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。

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