聖マタイと天使

レンブラントの晩年の傑作『聖マタイと天使』

レンブラント・ファン・レインが1661年頃に制作した油彩画『聖マタイと天使』（Saint Matthieu et l'Ange）は、オランダ黄金時代の巨匠による宗教画の代表作の一つです。現在、パリのルーヴル美術館に所蔵されていますが、その歴史は長く、フランス革命という激動の時代と深く関わっています。

この絵画は、『マタイによる福音書』の著者である聖マタイを描いています。聖マタイは、開いた福音書を前にした机に座り、天使から神の言葉を伝えられています。天使は聖マタイの耳元に近づき、静かに言葉をささやいている様子が繊細に表現されています。この天使は、多くの解釈がなされていますが、聖マタイの想像の中にある存在、あるいは神の啓示を象徴的に表現したものと考えられています。

聖マタイは、歳月を重ねた老人の姿で描かれています。深い皺の刻まれた顔、太い眉、そして灰色の顎鬚は、長年の思索と信仰の深さを物語っています。一方、天使は若々しく、明るい金色の髪が美しく描写されており、聖マタイの老いた容貌との対比が際立っています。特に、レンブラントが卓越した技術で描いた聖マタイの両手は、力強さと繊細さを併せ持ち、深い印象を与えます。この老いた聖マタイの姿は、レンブラント自身の晩年の自画像を反映しているという説もあります。

レンブラントは、この作品において、聖マタイと天使の距離を極めて近づけています。神と人間の距離がこれほどまでに縮められている表現は、聖マタイと天使の主題を描いた他の絵画作品においては類を見ません。この近接感によって、神からの啓示の直接性と聖マタイの深い信仰がより強く伝わってきます。

興味深いことに、この絵画に描かれた天使は、レンブラントの息子ティトゥスであると考えられています。レンブラントは、しばしば自分の家族をモデルとして作品を描いており、この天使にも息子ティトゥスの特徴が反映されているという説が有力です。

この絵画の歴史を紐解くと、かつてはルイ14世の建築総監を務めたダンジヴィレ伯爵が所蔵していました。熱烈なオランダ絵画の愛好家であった伯爵は、この作品を高く評価していたと考えられます。しかし、フランス革命の勃発に伴い、伯爵は亡命を余儀なくされ、その際にこの作品は押収されてしまいました。その後、ルーヴル美術館の収蔵品となり、現在も多くの鑑賞者を魅了し続けています。

1914年には、研究者ホフステーデ・デ・フロートによって詳細な記述が残されており、その記述からも、この絵画の細部に至るまでの精緻な描写や、レンブラントの卓越した画技が伺えます。また、レンブラントは、以前の作品であるフランス・ハルスの作品から、手助けする天使の配置というアイデアに影響を受けたという説もあります。

『聖マタイと天使』は、レンブラントの晩年の作品の中でも特に重要な位置を占める傑作であり、宗教画、肖像画、そして自画像としての側面を合わせ持つ、多層的な意味を持つ作品と言えます。宗教的な主題を扱いつつも、人間の感情や信仰の深さを繊細に表現したレンブラントの技量は、現代においても多くの鑑賞家を惹きつけ、深い感動を与え続けています。

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