聖ラウレンティウスの殉教 (ティツィアーノ)

聖ラウレンティウスの殉教

ティツィアーノ・ヴェチェッリオによって16世紀に描かれた「聖ラウレンティウスの殉教」は、初期キリスト教の助祭である聖ラウレンティウスが、ローマ皇帝の迫害によって火あぶりに処される場面を描いた作品です。この主題は、聖ラウレンティウスが教会の財産を貧しい人々に分配したため、ローマ皇帝に捕らえられ、拷問の末に殉教したという出来事に由来しています。この絵画は、ヴェネツィアのジェズィーティ教会に所蔵されている原画と、スペインのエル・エスコリアル修道院に所蔵されている複製画の二つのバージョンが存在します。

作品の構成と特徴

原画は1548年から1559年にかけて制作され、大祭壇画として教会に飾られました。ティツィアーノは、ローマ訪問で得た知識と、古代ローマの建築物を参考にしながら、この作品を制作しました。背景にはハドリアヌス神殿を思わせる堂々たる建築物が描かれています。画面上部にはウェスタ神と思われる有翼の女性像が描かれており、異教からキリスト教への回心を象徴しています。これはプルデンティウスの「聖ラウレンティウスの受難」から着想を得たとされています。聖ラウレンティウスは、焼き網の上で焼かれながらも、苦痛に耐え、「こちら側は焼けたから、裏返して焼け」とローマ皇帝に皮肉を言ったという逸話が伝えられており、その様子がこの作品で完璧に表現されています。画面の奥行きを強調する対位法、鑑賞者に向けて足先を突き出した聖人の姿、そして光と影のコントラストが、ドラマチックな印象を与えています。特に、火の炎、武具の反射、そして人物の輪郭を照らすハイライトなど、光の描写はティツィアーノの絵画技術の高さを示しており、天上の光との対比により、地上の出来事を強調する象徴的な効果を生み出しています。

聖ラウレンティウスの殉教の背景

聖ラウレンティウスは、教会の財産を貧しい人々に分配したことで、ローマ皇帝に捕らえられ拷問を受けました。しかし、彼は信仰を捨てず、火あぶりの刑に処されました。伝説によると、彼は拷問中に「わが夜に闇なし、ものみな光り輝けり！」と言ったとされており、その姿は、ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』にも記されています。

エル・エスコリアル修道院のヴァージョン

1564年、スペイン王フェリペ2世は、ティツィアーノに別の「聖ラウレンティウスの殉教」を委嘱しました。この複製画は1568年にスペインに到着し、後にエル・エスコリアル修道院に移されました。この作品では、原画に見られた壮大な建築的設定が取り除かれ、夜の闇に包まれた柱廊が舞台となっています。炎と灯りの強い光によって、聖ラウレンティウスの身体がより一層際立っており、夜の雰囲気を強調する新たな照明方法が用いられています。この複製画は、ティツィアーノの夜景図の中でも特に印象的な作品として知られています。

まとめ

「聖ラウレンティウスの殉教」は、ティツィアーノの卓越した絵画技術と、宗教的なテーマをドラマチックに表現する能力を示した作品です。原画と複製画、それぞれに異なる特徴があり、どちらもティツィアーノの傑作と言えるでしょう。聖ラウレンティウスの殉教は、異教からキリスト教への回心を象徴する出来事であり、ティツィアーノは、その壮絶な殉教を、光と影、そして感情豊かな人物表現によって、見事に描き出しています。

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