聖母の園養老院火災

1955年2月17日、神奈川県横浜市戸塚区原宿町で発生した聖母の園養老院火災は、戦後の日本における施設火災史上、特に悲惨な出来事として深く記憶されています。

聖母の園養老院について

火災が発生した聖母の園養老院は、カトリック社会福祉法人聖母会が運営していました。元は海軍衛生学校の建物で、戦後、駐留米軍から譲り受け、1946年3月に開設されました。同年6月には、神奈川県から正式な養護施設として認可を受けています。敷地内には養老院の他に修道院と聖堂も設けられていました。

入所者は、戦災などで身寄りを失った60歳以上の高齢女性たちで、その多くが老衰や病気により歩行困難な状態でした。経済的には生活保護を受けている方がほとんどで、当時143名の高齢者が、老朽化した木造二階建ての建物で生活していました。この建物は、非常口が少なく、火災対策も不十分な状態でした。

火災発生と被害

1955年2月17日午前4時34分頃、養老院の一階「ペテロの間」から出火しました。出火原因については、入所者が捨てた懐炉の灰の不始末、漏電、タバコの火の不始末など諸説あります。火災は瞬く間に燃え広がり、消防と警察の約200人が消火活動にあたりましたが、木造二階建ての養老院と修道院、肥料小屋が全焼しました。鎮火したのは午前6時15分頃でした。

この火災により、入所者143名のうち、職員2名を含む99名が焼死、8名が負傷するという大惨事となりました。この犠牲者数は、戦後の建物火災としては、1972年の千日デパートビル火災、1973年の大洋デパート[[火災]]に次ぐもので、非商業施設としては最多です。

火災の背景には、建物の老朽化と防火対策の不備がありました。開業当初から木造建築であることは問題視されていましたが、経営難から改築や新築などの抜本的な対策は取られず、火災の前年に消火器が設置された程度でした。さらに、付近の水利が悪く、消防ポンプ車は遠く離れた病院の貯水池から水を引かざるを得なかったことも、被害を拡大させる要因となりました。入所者の多くが高齢で自力避難が困難であったことも、犠牲者を増やす原因となりました。

火災後の動き

火災発生時、院長はカトリック教会の式典出席のためローマに出張中で、帰国後、この悲報を知り衝撃を受けました。犠牲者のうち、2名は身元不明のままで、入所者の親族などが無断で宿泊していたものと推測されています。死者数の特定には時間がかかり、警察が発表したのは火災発生から4日後でした。

この火災を受け、国家消防本部（現在の総務省消防庁）は、社会福祉施設の耐火構造化を指示しましたが、国の補助が開始されたのは8年後のことでした。犠牲者の追悼ミサは、湘南白百合学園で行われました。

焼失した養老院は、同年の11月に鉄筋ブロック平屋建てで再建され、現在は聖母の園老人ホーム、修道院、保育園、医院などを併設し、地域に貢献しています。

その他

犠牲者の中には、イタリアの作曲家ジャコモ・プッチーニと親交があり、オペラ「蝶々夫人」の制作に協力した大山久子（当時85歳）も含まれていました。偶然にも、この火災発生日は「蝶々夫人」が初演された日と同じ日であり、この出来事は中井英夫の小説『虚無への供物』にも引用されています。

この聖母の園養老院火災は、社会福祉施設の防災対策の重要性を改めて示す、教訓とすべき出来事です。

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