背水の逆転劇

背水の逆転劇：格闘ゲーム史に残る伝説

2004年、世界最大級の格闘ゲーム大会EVO 2004の準決勝で、梅原大吾がジャスティン・ウォンを相手に『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』で見せた奇跡的な逆転劇、通称「背水の逆転劇」（Evo Moment #37またはDaigo Parry）は、格闘ゲーム史における伝説として、今もなお語り継がれています。

背景：日米トッププレイヤーの激突

EVO 2004の決勝ラウンドは、カリフォルニア州立工科大学ポモナ校で開催されました。当時、梅原大吾は23歳、ジャスティン・ウォンは18歳。両者はすでに日米を代表するトッププレイヤーでしたが、この試合が初めての対戦でした。しかし、2人の間にはゲーム哲学の違いやライバル意識が存在していたことは周知の事実でした。

当時、ストリートファイターはEVOで唯一、アーケード筐体でプレイされるゲームでした。ウォンは他のゲームの強豪として知られていましたが、梅原との対戦前に、当時最強とされていた日本人プレイヤー「ラオウ」を破り、その実力を示していました。ESPNのアラシュ・マルキャジは、ウォンが梅原にも勝利すれば、「日本のゲーム」であるストリートファイターで最高の日本人プレイヤー2人を倒したウォンが世界最強と呼ばれるだろうと解説しました。梅原自身も、当時アメリカの地で「侵略者」「悪役」として見られており、誰もが彼の敗北を望んでいたと語っています。

梅原はケンを、ウォンは春麗をそれぞれ選択し、準決勝（ルーザーズファイナル）で激突しました。

逆転劇：1ドットからの奇跡

最終ラウンドの第一試合、ウォンは堅実な守りを徹底し、梅原のライフゲージをじわじわと削っていきました。ローリング・ストーン誌は、ウォンの動きを「梅原の攻撃的な姿勢のアンチテーゼ」と評し、その「待ち戦法」が梅原を苛立たせていたと指摘しました。試合解説者のセス・キリアンも、「Daigoが本当に怒っている、珍しい場面」とコメントしています。

梅原のケンは、残り体力1ドットという絶体絶命の状況に追い込まれました。残り時間26秒、ウォンは時間稼ぎで勝利することも可能でしたが、試合を決めにいきます。春麗のスーパーアーツII「鳳翼扇」を選択しました。鳳翼扇は、16連続の打撃を与える必殺技であり、当たれば梅原のケンをKOできるはずでした。

しかし、梅原は防御せず、ハイリスク・ハイリターンのテクニック「ブロッキング」を選択します。ブロッキングは、攻撃を受ける瞬間にレバーを操作することで、体力を消費せずに攻撃を防ぐテクニックです。しかし、タイミングが非常にシビアで、失敗すれば大ダメージを受けてしまいます。特に鳳翼扇のような連続攻撃を全てブロッキングするのは至難の業です。

会場を埋め尽くす観客が見守る中、梅原はウォンの鳳翼扇を完璧に読み切り、15連続打撃を全てブロッキングすることに成功します。そして、最後の打撃をブロッキングした直後、梅原は反撃に転じ、12ヒットコンボを叩き込み、最後はケンのスーパーアーツIII「疾風迅雷脚」で締めくくり、見事な逆転勝利を収めました。

GameProとEurogamerは、梅原がウォンの技をブロッキングするたびに観客から歓声が沸き起こったと報じています。この勝利は、格闘ゲームの歴史に残る、まさに奇跡と呼ぶべき瞬間でした。

拡散と影響：伝説の誕生

大会主催者のBen Curetonは、この試合のハイライト動画を「Evo Moment #37」というタイトルでYouTubeにアップロードしました。この動画は瞬く間に世界中で拡散され、格闘ゲームファンのみならず、多くの人々に感動を与えました。

この逆転劇は、格闘ゲームの歴史を象徴する出来事として、スポーツ史における最高の瞬間とも比較されています。また、対戦動画としては史上最も視聴されたビデオゲーム映像としてギネス世界記録にも認定されました。

ジャスティン・ウォンは、この逆転劇が、当時衰退しつつあった格闘ゲームコミュニティを「救った」と考えています。梅原自身も、自伝でこの試合について詳細に語り、試合後に格闘ゲームコミュニティから一時的に離れた理由を説明しています。

『ストリートファイターIII 3rd STRIKE ONLINE EDITION』には、「Daigo Parry」に挑戦できるモードが用意されています。また、2012年のアニメ『あっちこっち』では、この逆転劇のパロディが行われました。2014年には、10周年を記念して梅原とウォンが再戦し、再びウォンが春麗のスーパーアーツで梅原をKOしようと試みましたが、梅原は再び全てブロッキングに成功しました。

背水の逆転劇は、格闘ゲームの歴史に永遠に刻まれる伝説として、これからも語り継がれていくでしょう。

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