脂肪酸合成酵素

脂肪酸合成酵素（Fatty acid synthase, FAS）

概要

脂肪酸合成酵素は、生体内で脂肪酸を生合成する際に中心的な働きを担う重要な多機能酵素タンパク質です。英語名であるFatty acid synthaseの頭文字からFASと略されたり、脂肪酸シンターゼとも呼ばれます。細胞が必要とする脂肪酸、特にパルミチン酸などの飽和脂肪酸を、アセチルCoAとマロニルCoAという小さな分子を繰り返し付加・還元していく反応によって合成します。合成された脂肪酸は、エネルギー貯蔵の形態（トリグリセリド）として蓄えられたり、細胞膜の主要な構成成分であるリン脂質の材料となるなど、生命活動に不可欠な様々な役割を果たします。

構造的特徴

哺乳類などの高等生物における脂肪酸合成酵素（タイプI FAS）は、極めて特徴的な構造をとります。これは、複数の異なる酵素活性を持つ領域（ドメイン）が、一本の巨大なポリペプチド鎖の中に集約されている「複活性ドメイン酵素」です。インプットにもあるように、ヒトなどの哺乳類では、約275キロダルトン（kDa）もの巨大な分子量を持つサブユニットが2つ組み合わさったホモ二量体として機能しています。この二量体構造において、2つのサブユニットは逆平行に配置されると考えられており、それぞれのサブユニットが持つ活性ドメインが協調して働くことで、効率的な脂肪酸合成が可能となっています。

一つのポリペプチド鎖の中に、アセチルトランスフェラーゼ（AT）、マロニルトランスフェラーゼ（MT）、ケトアシルシンターゼ（KS）、ケトアシルレダクターゼ（KR）、デヒドラターゼ（DH）、エノイルレダクターゼ（ER）、そして最終的に完成した脂肪酸を遊離させるチオエステラーゼ（TE）など、脂肪酸合成に必要な一連の反応を触媒する多様な活性ドメインが含まれています。これらのドメインは、アシルキャリアータンパク質（ACP）と呼ばれる柔軟なドメインによって連携しており、中間生成物がACPに結合した状態で次のドメインへと順次受け渡されていきます。

機能と反応機構

脂肪酸合成は、アセチルCoAを起点とし、そこにマロニルCoA由来の2炭素単位を繰り返し付加していく過程です。反応は、酵素に結合したアセチル基から始まり、マロニルCoAが別の活性部位（主にACPに結合した形で）に導入されます。

1. 縮合: アセチル基とマロニル基が縮合し、β-ケトアシル基が生成します。この反応はケトアシルシンターゼ（KS）ドメインによって触媒されます。
2. 還元: β-ケトアシル基が還元され、β-ヒドロキシアシル基になります。これはケトアシルレダクターゼ（KR）ドメインの働きです。
3. 脱水: 生成したβ-ヒドロキシアシル基から水が脱離し、α,β-エノイルアシル基となります。これはデヒドラターゼ（DH）ドメインによって触媒されます。
4. 還元: α,β-エノイルアシル基が還元され、飽和アシル基になります。この最終還元ステップは、インプットの関連項目にも挙げられているエノイルレダクターゼ（ER）ドメインが触媒し、還元剤として通常NADPHを利用します。

この4つのステップ（縮合、還元、脱水、還元）が一つのサイクルを構成します。生成した飽和アシル基（炭素鎖が2つ伸長したもの）が、再びケトアシルシンターゼ（KS）ドメインに移動し、新たなマロニルCoA由来の2炭素単位と反応することで、次のサイクルが開始されます。このサイクルが繰り返し行われることで、炭素鎖は順次伸長していきます。

通常、このプロセスは炭素数16のパルミチン酸が合成されるまで繰り返され、最終的にチオエステラーゼ（TE）ドメインによって、完成したパルミチン酸が酵素から切り離され遊離します。これは、哺乳類における主要な脂肪酸合成経路です。

細胞内局在と調節

脂肪酸合成酵素は主に細胞質のゾルに存在し、そこで脂肪酸合成を行います。その活性は、細胞のエネルギー状態や栄養摂取状況に応じて厳密に調節されています。特に、炭水化物を過剰に摂取した場合など、エネルギーが豊富な状態ではインスリンなどのホルモンによって脂肪酸合成酵素の発現が促進され、余剰のエネルギーが脂肪として蓄積されるように誘導されます。

生理的意義と疾患との関連

合成された脂肪酸は、エネルギー貯蔵、生体膜の構成成分、ホルモンやシグナル伝達分子の前駆体など、多岐にわたる生理機能を持っています。したがって、脂肪酸合成酵素の適切な機能は、細胞の生存、成長、増殖に不可欠です。

近年、脂肪酸合成酵素は、肥満、糖尿病、脂肪肝といったメタボリックシンドローム関連疾患や、多くのがん細胞でその発現が著しく亢進していることが明らかになっており、疾患治療のターゲットとしても注目されています。特にがん細胞では、FASによる脂肪酸合成が、細胞膜の急速な合成やエネルギー供給、さらにはシグナル伝達に関わる脂質の供給を通じて、細胞の増殖や生存に重要な役割を果たしていると考えられています。

このように、脂肪酸合成酵素は、単なる脂肪の合成酵素にとどまらず、エネルギー代謝の中枢を担い、様々な生理機能や疾患病態に関わる重要な分子です。

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関連項目

酵素
脂肪酸の合成
アセチルCoA
マロニルCoA
パルミチン酸
エノイル(アシル輸送タンパク質)レダクターゼ
(NADH)

インプットにある「エノイル(アシル輸送タンパク質)レダクターゼ (NADH)」は、正確にはタイプII脂肪酸合成系に存在する酵素（Fablなど）を指すことが多いですが、タイプI FASのERドメインも同様の還元反応を触媒します。ここでは、タイプI FASの機能ドメインの一つとしてその役割を記述しました。

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