脱ゴーマニズム宣言事件

『脱ゴーマニズム宣言』事件とは

『脱ゴーマニズム宣言』事件とは、漫画家・小林よしのり氏の著書『ゴーマニズム宣言』を批判した書籍『脱ゴーマニズム宣言』（著：上杉聰氏）の出版を巡り、著作権侵害が争われた訴訟事件です。この裁判は、漫画における「引用」の範囲について、具体的な基準を示す重要な判例となりました。

事件の経緯

1997年、小林氏は上杉氏の著書『脱ゴーマニズム宣言』に対し、自身の漫画作品『ゴーマニズム宣言』のコマが多数引用されていること、また、一部が改変されていることを理由に、東京地方裁判所に訴訟を起こしました。小林氏は、以下の点を主張しました。

『ゴーマニズム宣言』のコマを無断で引用していることは、著作権（複製権）侵害である。
引用されたコマの一部を改変していることは、著作者人格権（同一性保持権）の侵害である。
書籍名に『ゴーマニズム宣言』の語を使用していることは、不正競争防止法に違反する。

これに対し、上杉氏は、自身の書籍は小林氏の作品に対する批評であり、引用は正当な範囲内であると反論しました。

裁判での争点

裁判では、主に以下の3点が争点となりました。

1. 絵を含めた作品全体の引用の必要性: 小林氏は、自身の作品に対する批評であれば、文章のみを引用すれば足り、絵を引用する必要はないと主張しました。これに対し、裁判所は、批評の対象を正確に示すためには、絵の引用も必要であると判断しました。
2. 引用の際の改変: 上杉氏の書籍では、引用した漫画の人物に目隠しをするなどの改変が行われていました。小林氏は、これは著作者人格権の侵害であると主張しましたが、裁判所は、名誉感情を害する恐れがある部分の改変は「やむを得ない改変」として認められると判断しました。
3. 書籍名の類似性: 小林氏は、上杉氏の書籍名『脱ゴーマニズム宣言』が、自身の書籍名『ゴーマニズム宣言』と類似しており、不正競争防止法に違反すると主張しました。しかし、裁判所は、『脱ゴーマニズム宣言』の「ゴーマニズム宣言」の部分は、書籍の内容を説明するために用いられたものであり、不正競争防止法違反には当たらないと判断しました。

裁判所の判決

1999年、東京地方裁判所は、小林氏の訴えを全面的に棄却しました。しかし、2000年の東京高等裁判所での控訴審では、引用したコマの配列を編集上の都合で変更した点が、著作者人格権の侵害であると認められ、上杉氏に出版差し止めと慰謝料20万円の支払いが命じられました。

2002年、最高裁判所は、上杉氏の上告を棄却し、控訴審判決が確定しました。現在販売されている『脱ゴーマニズム宣言』は、裁判で問題となった箇所を修正したものです。

事件の影響

この裁判は、漫画における引用の範囲について、具体的な基準を示す上で重要な役割を果たしました。特に、以下の点が重要です。

漫画における絵の引用の許容: 裁判所は、批評のために必要な範囲であれば、漫画の絵の引用も認められることを明確にしました。
引用における「やむを得ない改変」の許容: 漫画の登場人物の名誉感情を害する恐れがある場合、一部の改変は認められるという判断を示しました。

この判例は、漫画家や出版社にとって、著作権に関する重要な指針となりました。

補足情報

裁判では、上杉氏側が、過去の漫画における引用事例を多数提出しました。
一方、小林氏側は、絵を引用せずに批評するのが慣例であると主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。
この裁判は、著作権に関する議論を活発化させ、多くの企業や作家が、図の無断使用禁止を求める動きを強めました。
* 一方で、漫画家の中には、自身の作品の引用を積極的に認める者も現れています。

まとめ

『脱ゴーマニズム宣言』事件は、漫画における引用の範囲を明確化した重要な裁判でした。この裁判を通じて、著作権の保護と表現の自由のバランスについて、より深く考えるきっかけになったと言えるでしょう。

この裁判は、漫画における著作権のあり方を考える上で、重要な転換点となりました。

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