腕 -駿河城御前試合-

腕 -駿河城御前試合-

『腕 -駿河城御前試合-』（かいな するがじょうごぜんじあい）は、南條範夫の時代小説『駿河城御前試合』を原作とする、森秀樹作画による日本の時代劇漫画作品です。劇画作家として多くの時代劇作品を手掛ける森秀樹の筆により、『戦国武将列伝』（リイド社）誌上にて2011年2月号から2012年12月号まで連載されました。

物語は、寛永6年（1629年）、駿河城主である徳川忠長の御前で開催される真剣試合を軸に展開します。本作は原作小説『駿河城御前試合』の基本的な設定を踏襲しながらも、単なる漫画化に留まらず、試合順の変更や、既存のエピソードに対する森秀樹独自の解釈や加筆が行われています。さらに、原作には見られない全く新しい物語（試合）も複数創作されており、作品世界に新たな深みを与えています。

ここで描かれるのは、単なる剣の腕比べではなく、出場する剣士たちが抱える壮絶な過去、拭い去れない因縁、そして人間の欲望や狂気がむき出しとなる、凄惨でドラマチックな人間模様です。

描かれる真剣勝負

忠長の御前で行われる試合には、常軌を逸した境遇や技を持つ剣士たちが次々と登場し、己の全てを賭けた死闘を繰り広げます。

第一試合では、かつて岩本道場の双璧と称されながらも、凄惨な因縁によって全てを失った伊良子清玄と藤木源之助が対決します。盲目ながらも独自の秘剣「無明逆流れ」を操る伊良子と、片腕を失った藤木。二人の壮絶な戦いは、周囲を巻き込みながら悲劇的な結末を迎えます。

第二試合には、醜い容姿に生まれついた屈木頑之助が登場します。彼が編み出した「がま剣法」は、幼少期からの孤独と、道場主の娘・千加への歪んだ愛情から生まれました。城下を恐怖に陥れた異様な技は、御前試合の場でも対戦相手を震撼させます。

第四試合では、己の剣で名を上げようとする野心家の二刀流剣士・黒江剛太郎が、天下無双の剣豪・宮本武蔵と対決します。これは原作からの大きな変更点であり、二刀流を極めた者同士の凄腕の対決として、物語の大きな見どころの一つとなっています。

第六試合に登場するのは、全身傷だらけの座波間左衛門です。彼は自身を傷つけられることに快楽を感じるという特異な性癖を持ち、そのために周囲に悲劇をもたらしてきました。御前試合では、彼の奇癖によって運命を狂わされ、復讐を誓う磯田きぬと対峙します。

オリジナルエピソードと作品世界

本作の大きな特徴の一つは、原作にはない森秀樹氏によって描き下ろされたオリジナルエピソードの豊富さです。駿府に潜入した隠密同士の悲しい対決を描く「忍び風車」（第五話）や、芥川龍之介の小説『鼻』をモチーフにしたとされる、長い鼻を持つ異相の剣士の孤独と悲哀を描く物語（第七話「鼻」）などが収録されています。

また、故郷アフリカへの帰還を願う黒人剣豪「仏法僧」の悲話（第十話「望郷」）や、双子の兄弟が一人として生きる秘密を抱えた武士の苦悩を描く「鬼無朋之介の秘密」（第十一・十二話）など、人間の抱える孤独や差別、社会からの疎外、抑圧された欲望といった普遍的なテーマが、森秀樹独自の視点から深く掘り下げられています。これらのオリジナルエピソードは、原作の持つ凄惨な世界観を踏襲しつつ、作品全体の奥行きを深めています。

森秀樹による力強い劇画タッチによって描かれる凄惨な剣戟と、剣士たちの内面に深く切り込んだ人間ドラマが見どころの作品です。原作ファンはもちろん、重厚な時代劇を好む読者にもおすすめです。

単行本はリイド社SPコミックスより全4巻が刊行されています。

もう一度検索