腹式呼吸

腹式呼吸とは

腹式呼吸（ふくしきこきゅう）は、横隔膜の動きを主体とする呼吸法です。胸式呼吸が肋間筋を主に使うのに対し、腹式呼吸では横隔膜を積極的に動かすことで呼吸を行います。横隔膜呼吸や深呼吸とも呼ばれ、意識的に行うことでリラックス効果や健康促進効果が期待できます。

腹式呼吸のメカニズム

胸腔は、肋骨とそれを支える筋肉、そして横隔膜によって構成されています。息を吸うとき、胸腔を広げるために肋骨を広げるか、横隔膜を収縮させて下げます。腹式呼吸では、横隔膜を大きく収縮させることで、肺に空気を入れます。この際、腹腔が変形し、腹部が前に突き出るのが特徴です。息を吐くときは、横隔膜が緩んで元の位置に戻る力と、腹筋や背筋の収縮によって内臓を押し上げ、横隔膜をさらに押し上げます。

新生児は肋間筋が未発達なため、主に横隔膜を使った腹式呼吸をしています。成長とともに胸式呼吸もできるようになります。

腹式呼吸の方法

リラクゼーション目的で行う場合は、鼻からゆっくり息を吸い込み、横隔膜と腹筋を使ってお腹を膨らませ、口からゆっくりと息を吐き出します。

腹式呼吸の効果

意識的に腹式呼吸を行うことで、以下のような効果が期待できます。

横隔膜の強化
呼吸数の減少と呼吸仕事量の低下
身体の酸素要求量の低下
リラックス効果
血液中の酸素量増加
ガス交換の促進
* 血圧、心拍数の低下

また、不安、喘息、慢性閉塞性[[肺疾患]]、ストレスなどの症状緩和にも役立つとされています。

医学的な有用性

腹式呼吸は、心身の健康のために推奨されていますが、2020年のナラティブ・レビューでは、過去の研究の質が低いため、臨床的な効果は明確ではないという指摘もあります。

浅呼吸との比較

腹式呼吸と対照的な呼吸法が浅呼吸です。浅呼吸は、肋間筋の収縮を必要とする胸式呼吸であり、心身の緊張を高める傾向があります。

非生理的な腹式呼吸

疾患や麻酔によって呼吸筋が麻痺した場合、横隔膜のみが機能して腹式呼吸になることがあります。しかし、これは意識的に行う深呼吸とは異なり、不完全な呼吸となることがあります。

脊髄損傷と腹式呼吸

脊髄損傷の部位によっては、横隔膜の動きは保たれるものの、肋間筋や腹筋が麻痺するために深呼吸や咳が困難になることがあります。高位脊髄損傷では、横隔膜も麻痺するため、人工[[呼吸器]]が必要となる場合があります。

麻酔と腹式呼吸

脊髄くも膜下麻酔では、呼吸筋の麻痺により呼吸が抑制されますが、横隔膜まで麻痺することは稀で、腹式呼吸となります。全身麻酔では、麻酔が深くなるにつれて胸式呼吸が弱まり、腹式呼吸のみになることがあります。しかし、これは深呼吸とは異なる場合があります。

声楽における腹式呼吸

歌唱においては、腹式呼吸が重要とされており、多くの声楽家が練習に取り入れています。しかし、その方法は指導者や声楽家によって様々です。例えば、吸気時にお腹を膨らませる部位や、呼気時に腹部を凹ませるか否かなど、多くの異なるアプローチが存在します。どれが最も優れているかは、まだ意見が一致していません。

声楽における「支え」

声楽では、呼吸に関連して「支え（Appoggio）」という言葉が使われます。これは、呼気時にも横隔膜の吸気傾向を保ち、呼気の流れをコントロールする技術です。この「支え」は、声の安定や喉の負担軽減に繋がるとされています。しかし、「支え」に対する解釈も指導者によって異なり、声楽を学ぶ者を混乱させる要因ともなっています。

「腹式呼吸」という概念への批判

フレデリック・フースラーは、腹式呼吸などの呼吸法を型に分類すること自体が不自然であり、声楽の発声には有害であると主張しています。E. ハーバート・チェザリーも、腹式呼吸を「不完全で有害」と批判しています。

まとめ

腹式呼吸は、健康やリラクゼーションに効果的な呼吸法として広く知られていますが、医学的な効果や声楽における最適な方法については、まだ議論の余地があります。この呼吸法を理解し、適切に実践することで、心身の健康増進に役立てることができます。

もう一度検索