自由拒否権

自由拒否権（リベルム・ヴェト）

自由拒否権、またはリベルム・ヴェト（ラテン語: Liberum veto）は、ポーランド・リトアニア共和国のセイム（議会）に存在した特異な制度を指します。この制度において、議員は「活動を止める！」または「私は認めない！」と宣言することで、議論を中断したり、成立済みの法案を無効化する権利を持っていました。全会一致制の下でこの自由拒否権は導入され、17世紀中頃から18世紀末まで続きました。理念的には、すべてのポーランド貴族が平等であり、全国の同意がなければ立法ができないという考え方が基盤にありました。

この自由拒否権は国王が提出した法案にも適用され、ポーランドが当時のヨーロッパの中で独特の共和主義的性格（君主制廃止論とは異なる）を持つことを促進し、相対的に王権を抑える要因ともなりました。しかし、多くの歴史家は、この制度が共和国の政治構造の硬直化、さらには国家自体の衰退に繋がったと考えています。例えば、ポーランド政府は外国勢力からの影響を受け、少額の買収によって自由拒否権が発動されることが多く、その結果、国家存続を危うくする事態に発展しました。実際に、1573年から1763年までに行われた約150回のセイムのうち、約3分の1が無法的に終わり、そのほとんどが自由拒否権に起因していました。

起源と初期の発展

自由拒否権は、ポーランド王国における全会一致の伝統や連邦国家的な成り立ちの産物と言えます。議員は各地域で選ばれ、それぞれの地元の利益を代表する責務を負っていました。したがって、少数派が多数決で意見を否定されることは、貴族としての平等性を傷つける行為とされました。

しかし初期の頃は、意見が割れた際には多数派が少数派を説得したり脅迫で黙らせる方法が取られていました。法律案はそれぞれ個別で合意されていて、拒否権が行使されてもそのセイムを通過した法案が覆されることは少なかったのです。たとえば、1611年のセイムでは一部の法案が却下されたものの、他の法案は問題なく成立しました。

しかし、17世紀中頃からは、自由拒否権が行使されると、それまでに成立していた法案までが拒絶される形になりました。この変化は、法案が一括で採決されるようになったためです。

自由拒否権の拡大

最初に自由拒否権が行使されたのは1652年のセイムとされますが、これは単なる議論の延長を求める提案に過ぎず、この時点での権限行使は議会の運営を根本的に変えるものでありました。1669年のセイムでは、自由拒否権が発動され、議論が中断する事態となりました。1688年には、セイムは議長の選出すら行われないまま解散することになります。

ヤン3世の時代に至ると、開かれたセイムの半数近くが自由拒否権によって不成立となりました。このような状況下で、国家の改革や再建の道は閉ざされ、ポーランドは隣国のロシアやプロイセンの思惑によって実質的に機能不全に陥りました。

ポーランド・リトアニア共和国の衰退は自由拒否権に大きく起因し、多くのセイムは法案を一つも通過させずに終わりました。これは、買収や外圧によるものであり、歴史的にはこの状態が「ポーランド無政府状態」と呼ばれるようになりました。

回避策と最期

この混乱を回避するため、18世紀には連盟セイムという新しい制度が成立しました。この制度では、自由拒否権が使われることはなく、議事が円滑に進むことが期待されました。また、啓蒙主義の影響を受け、共和国の制度改革も試みられました。1764年から1766年には、議事運営の改善が図られ、重要事項以外では多数決が導入されました。

1791年には、自由拒否権がついに廃止され、これを受けた憲法が制定されました。この憲法は、ヨーロッパ初の憲法とされ、歴史的な意味を持ちましたが、ロシアやプロイセンの圧力により再び無効にされ、ポーランド・リトアニア共和国は1793年から1795年の間にオーストリア、ロシア、プロイセンに分割され、あえなく消滅することとなります。

歴史的な意義

ハーバード大学の政治学者グジェゴシュ・エキェルトは、この自由拒否権がポーランドにおける封建的な枠組みを生み出し、国家の崩壊に寄与したと述べています。ロハーチもまた、自由拒否権は特殊な立憲主義政体において重要な役割を果たしたとして、その影響力を評価しています。ただし、その結果、ポーランドは経済的及び政治的に衰退の道を辿り、最終的には国家としての独立を失いました。

現代でも、ポーランドの自由拒否権やその影響に関する議論は続き、歴史的な教訓として我々に何かを伝えています。

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