自閉症スペクトラム指数

自閉症スペクトラム指数、通称AQ（Autism-spectrum quotient）は、イギリスの発達心理学者であるサイモン・バロン＝コーエンらが中心となり、2001年にケンブリッジ大学の自閉症研究センターで開発・発表された心理検査です。これは自己記入式の質問紙形式で実施され、平均的な知能（一般的にIQ80以上と定義）を持つ成人が、自閉症スペクトラム障害（ASD）に関連する特性をどの程度示しているかを簡便に評価することを目的としています。なお、成人向け以外にも、子供や青年を対象としたAQも開発されています。

この検査が広く知られるようになったきっかけの一つとして、2001年12月にWIRED誌に掲載された「The Geek Syndrome（ギーク症候群）」と題された記事があります。この記事は、特定の分野（特にテクノロジー、科学、ゲームなど）に深く没頭する「ギーク」や「オタク」と呼ばれる人々の中に、自閉症スペクトラム障害やアスペルガー症候群に似た特性が見られる傾向があることを指摘し、AQを関連付けました。「ギーク症候群」は記事の中で用いられた言葉であり、医学的に定義された診断名ではない点に注意が必要です。

AQは、全50問の質問で構成されています。各質問に対し、回答者は「強く同意」「少し同意」「少し不同意」「強く不同意」の4段階から最も適切な選択肢を選びます。質問項目は、自閉症スペクトラムに関連が深いとされる5つの主要な領域、すなわち社会的スキル、コミュニケーションスキル、想像力、細部への注意、そして注意の切り替えや変化への耐性といった能力を評価するように設計されています。採点方法はシンプルで、回答が自閉症スペクトラムの傾向を示すと判断される場合に1点が加算されます。質問の約半数は定型発達者が「同意」する内容に、残りの半分は「不同意」する内容になるように意図的に構成されています。ただし、これらの5領域が独立した因子として完全に一致するかどうかについては、一部の研究で2～4因子が検出されるなど、一致しない場合があることも報告されています。

AQは、自閉症スペクトラム障害の診断自体を行うものではなく、あくまでスクリーニングツールとして利用されるのが一般的です。例えば、アメリカのPhenX Toolkitでは、年齢に応じてAQを成人および青年の自閉症スペクトラム特性のスクリーニングプロトコルとして推奨しています。開発者であるサイモン・バロン＝コーエンは、AQスコアが32点以上であれば、「臨床的に有意な自閉症特性」を示唆すると述べています。初期の試験結果では、自閉症スペクトラム障害と診断された成人の約80%が32点以上を記録したのに対し、定型発達の対照群で32点以上だったのはわずか2%でした。対照群における平均スコアは16.4点であり、男性が約17点、女性が約15点と、男性がやや高い傾向が見られました。日本語版である自閉症スペクトラム指数日本語版（AQ-J）は、2004年に千葉大学の若林らによって作成され、その際の論文ではカットオフ値を33点としています。また、別の研究では、AQスコアが26点未満であれば、かつてアスペルガー症候群と呼ばれたタイプの診断がほぼ除外できる可能性が示唆されています。
AQは、診断の補助としてだけでなく、定型発達者の間で比較的軽度な自閉症特性を評価するためにもよく用いられます。

興味深いことに、特定の職業分野や才能との関連も研究されています。自閉症スペクトラム障害を持つ人々の中には、平均的な知能よりも少し低い場合がある一方で、数学などに特別な才能を発揮する人も存在します。また、自閉症スペクトラムの特性が、成人になってからの大きな業績を必ずしも阻むわけではないという見方もあります。ケンブリッジ大学の学生や、イギリス数学オリンピックの優勝者を対象とした研究では、数学や科学の才能と自閉症スペクトラム特性の関連が調査されました。その結果、数学、物理学、工学といった分野を専攻する学生はAQスコアが高い傾向が見られ、特に数学者の平均スコアは21.8点、コンピュータ科学者は21.4点でした。さらに、イギリス数学オリンピック優勝者の平均スコアは24点と、対照群の平均を大きく上回っていました。

このように、自閉症スペクトラム指数（AQ）は、自閉症スペクトラム特性を自己評価するためのスクリーニングツールとして広く活用されており、臨床場面だけでなく、研究や特定の集団の特性理解にも貢献しています。しかし、これは診断ツールではなく、専門家による詳細な評価が必要であることに留意すべきです。日本語版AQ-Jの存在により、日本国内でもこの検査が活用されています。

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