自閉者の権利運動

運動の概観と根底にある思想

自閉者の権利運動は、障害者の権利運動の流れを汲む社会的な活動です。その最も根本的な考え方は、自閉スペクトラム症候群を、治療の対象となるべき病気や疾患としてではなく、ヒトの脳が持つ自然な多様性の一つ（ニューロダイバーシティ）として肯定的に捉える点にあります。この運動は、「治す」ことではなく、自閉の特性を持つ人々が社会の中で自分らしく尊重され、質の高い生活を送れる環境を築くことを目指しています。

異なる視点：病理パラダイムと多様性パラダイム

自閉に関する認識には、大きく分けて二つの対立する見方があります。一つは、自閉を医学的な問題、すなわち治療や根治が必要な疾患として捉える「病理パラダイム」です。この見方は、障害の医学モデルと強く結びついており、自閉を遺伝的または環境的な要因による機能障害とみなし、定型から外れた行動を「不適切」あるいは「有害」として、矯正または排除すべき対象とします。病因の解明や医学的治療法の開発が重視される傾向にあります。

これに対し、自閉者の権利運動が依拠するのが「多様性パラダイム」です。ニューロダイバーシティの理念に基づき、自閉を脳の自然なバリエーションと位置づけます。障害の社会モデルの視点から、自閉のある人々が経験する困難は、個人の特性ではなく、社会側の理解不足や構造的な障壁（アクセシビリティの欠如、偏見など）によって生み出されると考えます。この立場では、個人の「治療」よりも、自閉の特性に対する社会的な理解と受容を深め、社会環境を誰もが参加しやすい形に変えていくことが重視されます。自閉者にとって、非定型的な行動を無理に矯正する試みは、左利きを右利きに直すような不当な行為とみなされます。

運動の目標と当事者の多様な声

自閉者の権利運動の目標は、自閉の特性が社会に広く受け入れられることです。具体的には、自閉特性の抑制ではなく本人の生活の質向上に焦点を当てた支援、自閉者が安心して交流できるコミュニティの形成、そして自閉者コミュニティが社会的マイノリティとして認識されるための活動などが行われています。

ただし、運動内部には多様な意見があり、特に知的障害を伴わない「高機能」自閉者が中心となりがちで、より支援を必要とする「低機能」自閉者の視点が十分に反映されていないという批判も存在します。しかし多くの当事者は、「高機能」「低機能」といった区分に反対し、個々の自閉者が抱える困難や特性の多様性を理解し、ラベルに囚われず支援する必要性を訴えています。

「治療」を巡る論争とセルフアドボカシー

自閉を「治療」すべきか否かは、運動の核心的な論点です。権利運動の立場は、自閉は病気ではなく個人のあり方そのものであるため、治療を必要としないというものです。自閉に関連する非定型的な行動を矯正しようとする応用行動分析（ABA）などの手法に対しては、倫理的な問題や心理的な悪影響を理由に強い異議が唱えられています。自閉者にとっての「コーピング手法」である自己刺激行動の禁止や、不必要なアイコンタクトの強制などは、精神的な安定を損なう行為とみなされます。国際連合も、過度な治療は虐待に繋がる可能性を示唆しています。当事者たちは、「治す」ことではなく、社会が自閉のあり方を受け入れ、本人の生活の質向上に資する支援に焦点を当てるべきだと主張します。

この運動で極めて重要視されるのが、セルフアドボカシー（自己権利擁護）です。これは、当事者自身が自らの経験に基づき、社会に対して直接意見を表明し、権利を主張する活動です。過去には、自閉に関する重要な決定が当事者抜きで行われてきました。当事者たちは、こうした状況を「私たち抜きに私たちのことを決めるな」と批判し、自閉者の声が政策決定プロセスに反映されるよう求めています。障害の社会モデルに基づき、自閉者が直面する困難は社会側の構造的な問題であるため、セルフアドボカシーは社会構造の課題を明らかにし、是正を求める上で不可欠です。知的障害を伴う自閉者も含め、支援があれば誰もが自分の意見を表明できるという事実も、当事者自身によって示されています。

文化としての自閉、遺伝子への懸念

一部の自閉者の権利活動家は、自閉であることを多数派とは異なる「文化」を持つことと表現します。自閉者同士が集まるコミュニティでは、共通のコミュニケーションスタイルや関心を共有し、互いを深く理解し合うことが可能になり、多数派社会で孤立しがちな自閉者にとって重要な居場所となります。

また、自閉者の権利運動は、自閉の原因遺伝子を特定・排除しようとする動きに強く反対しています。これは、人間の神経的多様性を損ない、優生思想に繋がるという懸念があるためです。特に、将来的な自閉の出生前診断による選択的中絶の可能性を警戒しています。彼らが求めるのは自閉の「根絶」ではなく、自閉を持つ人々が自分らしく尊厳を持って生きられる社会環境を整えるための研究や支援です。しかし現状では、こうした当事者のニーズに沿った研究への資金提供は十分とは言えません。さらに、当事者主体の団体内でも、知的障害を伴う自閉者や貧困など、立場の弱い自閉者の声が十分に届きにくいという課題も残されています。

自閉者の権利運動は、自閉を人間の多様性の一部として捉え、社会の側が変化することで、すべての自閉者が尊重され、自分らしく生きられる世界の実現を目指しています。その根底には、当事者自身の経験に基づく強いメッセージがあります。

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